55 『テイクアフォト』
店の奥から出て来た店員が、ヒナにお礼を述べる。
「ありがとうございます。あれは札付きの人斬りです。ずっと王都にはいなかったんですが……。そんなのを相手に、あなたはすごいです」
ヒナは店員にお礼を述べられ、我に返った。ガモンを相手にした戦いが終わってホッとしたら放心してしまっていたが、頭も回り出す。
三秒ほどして、店員がなにを言ったのかが遅れて頭に入ってくる。
「いえ、あの、さっきの方のお怪我は……」
「幸い医療系の魔法を持つ従業員がおりましたので大丈夫、だと思います。命に別状はありません。血を抜かれてしまったので安静にさせてますが」
あれだけ殴られたにもかかわらず命があるだけよかったと思うべきだろうか。いずれにしても助かったようでヒナもほっとひと安心だった。
「新しいものをサービスするんで、食べて行ってください」
と、店の奥から顔を出した店主らしき人が言って、ヒナは食べていくことにした。
「でも、怖かった~……」
ひと息つくヒナの横――やっと整え直された席に、客がやってきた。今度の客はどんなやつだろうとヒナが顔を向けると、
「あれ? キミは光北ノ宮の蕎麦屋の」
「久しぶりだねー」
「元気?」
「いっしょに食べよーう!」
以前絡んできた、サンバイザーをつけた騒がしいカップルだった。名前は覚えてもいない。いや、アキとエミだったか。
――げっ。こいつらは別の意味で厄介だわ。
鉄板は四人用ほどのサイズだからか、図々しくも二人は同じテーブルに座ってきたのだ。
「エミはどれにする?」
「やっぱりお店のおすすめを食べないとね。アキは?」
「ボクもおすすめがいいな!」
「オッケー! すみませーん、『伝統の天都ノ宮もんじゃ焼き』を二つくださーい!」
ヒナは大きくため息をついた。
「早く食べて帰ろ」
アキは楽しそうに話しかけてくる。
「ちょうどドアが開いてたから入ったんだけど、みんな盛り上がってるね」
「なにかあったの?」
エミに聞かれて、ヒナは手をひらひらさせた。
「あれはドアが開いてるんじゃなくて、やばいやつが壁をぶっ壊したの。で、なんか今は都市伝説の話してるっぽい……です」
適当に答えてから、最後に敬語で話すのを忘れていたので言葉を改める。
ちなみに、今店内で聞こえるのは都市伝説の話だ。ヒナが聞きたかった『晴和の発明王』の話からは少し話題がずれていた。
「ボクたちにも聞かせてよ」
「ヒナちゃんの知ってる都市伝説」
「別に、あたしは知らないですけど」
「そういえば、会いたいって言ってた人には会えた? お礼も言えた?」
「まだ、ですけど。これから行くんです。そ、そっちはどうなんですか」
決まりが悪くなって聞き返すと。
にこっとエミが笑いかけて、
「あらら、ヒナちゃんはやっぱり恥ずかしがり屋さんだね。可愛い。はい、チーズ」
と勝手に写真を撮ってくる。
「あっ、こら!」
「はい、こっちも見て!」
アキの声につい顔を向けると、そっちから写真を撮られた。
「やめなさい! あたし、写真は苦手なのよ!」
「可愛く撮れてると思うよ! ほら。どうぞ。これ、見せてあげたい人いる? このあといっしょに送りに行こーう」
エミからもらった写真を見て、アキからも「家族とか友だちとかに送ったら?」と言われ別の写真も渡され、ヒナは考える。
――あたし、思ったよりひどい顔してないわね。この二人のおかげ? お父さんに見せたら、安心させてあげられるかな?
だが、ヒナが少し油断したらまた写真をパシャパシャ撮るアキとエミ。
「今は送ったりできないの! だから撮らないでっ」
すっかりアキとエミのペースに巻き込まれ、食事が終わる頃には、ついこの二人相手だと気兼ねなく話せるようになっていた。
この二人の不思議な魅力と人懐っこさのせいだろうか。あまり友だちができないヒナには珍しいことだった。
ただ。
監視の目があるであろう父に、手紙としては写真を送ることはできない。
だが、あとで見せてもいいかと思って、ヒナはアキとエミから何枚か写真をもらったのだった。
このあと。
ヒナは『晴和の発明王』を探し回った。
それによると、名前が玄内だとわかった。
この名前は去年『王都』に来たときに聞いて忘れていたもので、思い出すことができたのだとも言える。
いくつかの異名も聞いたし、『王都』にいるかもしれないという噂もあった。
しかし、探しても探しても会えなかった。
そんな折、ヒナはサツキの姿を見かける。




