46 『ワットアーユー』
天体観測をしながら、スケッチもしていく。
ヒナのスケッチが完成した頃。
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「行灯や提灯が幻想的ですね」
「空も茜色に染まってきたしな」
二人の会話を無視して、ヒナはスケッチを確認してしまった。
「まあまあじゃない」
「……」
「……」
「なによ?」
二人組はやはりさっきのサツキとクコで、クコのほうが答える。
「あの、獣人ですか?」
クコの目線がヒナのカチューシャのうさぎ耳に留まる。ヒナは呆れて望遠鏡を片手に空を見て、雑に返事をする。
「そんなわけないでしょ。あんた馬鹿?」
「す、すみません」
今度はサツキが聞いた。
「クコ、獣人はよくいるのか?」
聞かれたのは自分じゃない。
しかし、ヒナは望遠鏡を下げてサツキに一歩詰め寄った。
「あんたそんなことも知らないの? 魔法で動物の姿や獣人になる人もいるけど、そんなのほとんどないわよ」
「そうか」
サツキは顎に手をやって考えている。
「ふむ。つまり、一般的にめずらしい存在。だが、いないわけではない、ということか。興味深い」
「あんた、記憶喪失かなにか?」
ついジト目になってそう言った。
だが、それはサツキのマイペースさに呆れただけで、変な期待はある。いや、この期待はサツキが特別な人間だと確信したゆえでもあった。
ヒナの視線など気にせず、サツキは勝手になにか理解して嘆息した。
「いや。まあ、キミには関係のない話だ。忘れてくれ」
突き放されるようなことを言われて、ヒナはむっとする。
いてもたってもいられなくなって言い返す。
「ちょっと! あたしのことキミって、あたしには浮橋陽奈って名前があるの! あたしは『科学の申し子』浮橋陽奈よ!」
初めてヒナが名乗ったのに、今度はサツキが呆れたように肩をすくめる。
「俺のことあんたって言ってたのはどこのだれだ」
「……」
むぅ、とヒナはサツキをにらむ。
「なにかね?」
「今度はそっちが名乗るのが礼儀よ」
サツキはあっさりうなずく。
「そうだったな。俺は城那皐」
「わたしは青葉玖子です」
ヒナは口の中で繰り返す。
「サツキ。城那皐。覚えたわ」
「ん?」
その声が聞こえなかったらしい。小さく首をかしげるサツキに、ヒナはぷいと顔をそむける。
「なんでもないわよ。あたしはやることがあるから」
そして、望遠鏡を覗き込んだ。
クコはサツキに向き直る。
「ヒナさんも忙しいようですし、わたしたちは上に行きましょう」
「うむ」
二人は階段をのぼっていく。
望遠鏡を下げ、ヒナはサツキの姿を目で追った。
「サツキ……あなたは、なにを知ってるの? いったい、何者なの?」
サツキのことが気になって、ヒナはあと一日だけ、この街にとどまることにした。
宿の一室。
ベッドに横になって、ヒナはつぶやく。
「あいつ、王都に行くって言ってたわよね。あいつらの宿もわからないし、見失っちゃったし、あたしも明日から王都を目指そうかな」
尾行しながら、自慢の《兎ノ耳》で二人の会話を聞いて得た情報によると、サツキは王都を目指すらしい。
その前にクコの知り合いに会うとかなんとか話していたが、王都に向かっていればそのうち会えるだろう。
「できれば、明日この温泉街で見つけておきたいけど……あとは巡り合わせよね」
ヒナは今日買ったお守りを、ぎゅぅっと握りしめた。




