43 『サツキセイド』
帽子をかぶった少年。
黒いマントに身を包んでいる。
少年が発している音が普通と違うのか、それとも普通の晴和人にしか見えないその見た目になにか違和感でもあるのか。
どこかが不思議な少年だった。
年は少女のほうがヒナより少し年上で、少年のほうはヒナと同じくらいだろう。
少女に「少しよろしいでしょうか」と聞かれたが、二人と話す気などないヒナは、望遠鏡を覗きながら適当に答える。
「なに? あたし、忙しいんだけど?」
「す、すみません」
会話を切り上げる。
そしてひとりごちる。
「最近新しく現れた星がなんか変に動いてるし、ほかの星にも変化がある。でも、月はいつも通りだわ」
実は、最近になって新しく現れた星があるのだ。
気づいたのは四月一日。
ヒナはその星が気になって仕方がなかった。
いつも空が暮れなずむとすぐに望遠鏡を覗き込みたくなる。
が。
――なんかまだ視線を感じるわね。
望遠鏡を下げて少女を見返すと。
「もう鐘は鳴らしましたか? わたしたちも鐘を鳴らしたいので、終わったら場所を貸してもらいたのですが」
そういうことか、と思いちょっと決まり悪く言った。
「好きにすれば」
「そうですか。お邪魔しました」
少女はヒナに目礼すると、隣の少年に向き直った。
「サツキ様。鐘を鳴らしましょうか」
「うむ」
「いっしょに鳴らしましょう?」
二人で鐘を鳴らす。
――のんきなカップルめ! なにを願ってるんだか知らないけど、早く行きなさいよね。
じっくりと願っている二人がやがて祈り終える。
祈る時間も少し長かったが、それよりも二人は祈り終わったのにまだおしゃべりしている。
「よし。願い事もできた」
「はい。ここから、わたしたちの鳴らした小さな音が、どこまでも響いてくれるといいですね」
「うむ。これだけ眺めのいい場所なんだ、きっとだれかに届くさ」
「そうですね。ここは展望台にもなっていますし、本当に眺めが素晴らしいです。ここからなら、どこまでも……」
だれかに届く。
どこまでも……。
いったいなにを願ったのか。
それはわからないが、遠くにいる知らないだれかに向けての祈りだったらしい。
「温泉街ばかりじゃなく、遠くに望む山まで見える。岩肌も迫力があるぞ」
「この紀努衣川温泉は、他の温泉地にはない絶景を楽しめる温泉地ですからね」
「他にも景観を楽しめるポイントがあるようだな」
「蒼穹庭園展望台ですね。そちらもこのあと行ってみましょう」
などと言っている。
生憎、目的地はヒナと同じだ。
「うむ」
「急ぎましょう。早くしないと、太陽が回って日が暮れてしまいます」
少女はそんなことを言った。
少し苛立っていたからか、ちょっと決まり悪かったからか、ヒナは少女につい突っかかってしまう。
「ハァ!? 太陽が回る? 回ってんのは地球のほうよ。知らないの?」
少女は一歩後退る。
「え、そ、そうなんですか? でも、本には天体が地球のまわりを回ってるって書かれてますし……」
「そんなわけ――」
言い返そうとして、ヒナの言葉は途切れる。
なぜなら、同じタイミングで、サツキと呼ばれた少年がため息まじりにこう言ったからだ。
「そんなわけないだろ、天動説は過去の遺物だ。地球などの太陽系惑星は、太陽のまわりを回ってるんだ。これを公転という」
ヒナは目を丸くした。
震える瞳で、少年を見つめる。