41 『ヒストリカルノベル』
小説『栃花物語』。
トチカ文明の研究をそのまま小説にして記したものであり、作家・葦家章治の生涯をかけた作品である。
全十三冊。
葦家先生はすでに亡くなっている。
現在、葦家先生にこの小説についての質問をすることはできない。
しかし、対話こそできなくとも、ヒナには読むだけで想像できることがたくさんあった。
――この小説に出てくる古代人。昔、この世界でも異世界人が現れたって話を書いているのよね。
異世界人の伝承はあまりにも知られていない。
それを知っているのはごく一部の学者など限られた存在で、自ら手を伸ばせば辿り着くこともできるが、なにかとっかかりがないと調べることもできない。
――この話が本当なら、この古代人の情報は今の世界の支配者たちも隠したいものであるはず。でも、たいした規制もされていない。一般には知りようがないことだからか。あるいは、ただのエンタメ小説だと思われているのか。
ヒナはノートを取りながら、続きを考える。
――そして、その古代人。知識の常識がこの世界とは異なるらしい。つまり、別の常識で成り立っている世界の人。だから異世界人とされているけど、葦家先生はこの人を古代人だと推察した。
それはつまり。
――つまり、タイムトラベラー。なんだか急にSFチックになったわ。でも、葦家先生の弟子というか、葦家先生に憧れていた藤馬川博士もSFの話をよく書くのよねえ。
まったくの無関係でもなく、藤馬川博士もなにか研究について知っていることがあるのだろうか。
藤馬川博士はまだ生きているらしく、今はアルブレア王国にいるとヒナは聞いている。
――それにしても興味深い小説ね。
小説『栃花物語』は、葦家先生が生涯をかけたライフワークにしていた。
だが、最初の出版社が倒産して絶版になってからは、個人で会社を作って細々と販売していたらしい。
そのため、知名度がかなり低い。
今も置いている図書館などこの街くらいのものであろう。
しかも当然ながらおよそすべての本屋に売っていまい。
葦家先生の代表作を質問しても『栃花物語』を挙げる人はファンですら多くないのは、エンタメ性の高い他の作品が人気すぎるせいもあるかもしれない。
――もし……。もし、また古代人を召喚することができたのなら、この世界の真理を探究する手がかりを得られる。この世界の常識をひっくり返せるかもしれない。
ヒナが思っていた、「古代人に会えたらなぁ」という願いは、あながち無理な妄想でもないのだ。
――そもそも、この魔法世界において、時空を超えた召喚を可能にする魔法なんて、できる人が現れてもおかしくないわよね。
急な夕陽に、ヒナは顔をしかめる。
「あれ?」
気づけば、もう夕方になっていた。
――いつの間にか、夕方になってる。いろいろ想像してたら結構時間が経ってたんだ。
はあ、とヒナは嘆息した。
7
――現段階で、妄想は妄想。お父さんの裁判までそんなに時間もないってのに、そんなフィクションに頼ってどうにかなったらなんて、考えても仕方ないじゃない。
ノートを改めて確認して、ヒナは本を閉じた。
「今日のところはそろそろ帰ろう。十三冊もあるから読むのに時間かかったけど、明日には読み終わる。そして……読んだら、この街を離れよう。旅館に戻ったら温泉で疲れを取らないとね」
せっかくの温泉街、毎日温泉に浸かって疲労回復をはかれるのはありがたいことだった。
――温泉に浸かれるのも今日で最後。今日は長湯しようかな。
旅館の温泉で温まりながら、明日のことを考える。
「明日はもっと頑張るぞ」
創暦一五七二年四月四日のことである。




