40 『オールドヴィレッジ』
トチカ文明の壁画やオブジェを見たあと。
ヒナは、和戸村に行ってみた。
和戸村は、新戦国時代になる前の泰平の時代――幕末までの平和な風景を閉じ込めたような村だった。
だが、村というより施設であり、観光用の区域なのだ。
『王都の奥座敷』紀努衣川温泉街の端にあり、食事処から忍者の体験所まで、様々なスペースが用意されている。
「別に観光に来たわけじゃないけど、悪くないわね。ちょっと前の晴和王国ってこんな感じだったのかぁ。お父さんと来たかったな。チナミちゃんとも来られたらいいな」
村を歩きながら、そば屋に寄った。
そばを注文して話を聞く。
「へえ、トチカ文明の研究をね。すごいな」
「なにか知ってますか? あたしが調べたのは……」
自分の知っていることを話すと、そば屋の店員はそれ以上のことは知らないようだった。
むしろ、ヒナが詳しいことに感心していて、数日かけて調べただけのヒナよりも知識が少ないくらいだ。
また村を歩きながら、川の脇で咲く桜を見やる。
「もう四月になっちゃった。そろそろ、マノーラに戻る頃なのかな」
そば屋を出てから数人に話を聞いてみて、ヒナは村のおじいちゃんから気になる話を聞いた。
「トチカ文明は、世界樹を守るための文明じゃ。トチカ文明が世界樹を創造したわけでもなければ、世界樹がこの星を創り出したわけでもない」
「世界樹の守護神をまつる文明、でしたっけ?」
「そうじゃ。守護神は、次の四柱になる。頂上に住むとされる火ノ鳥。常に大樹を移動し続ける栗鼠。樹皮を食み養分を管理する鹿。地下へ伸びる根と一体化した蛇」
「じゃあ、世界樹はいつからあるんでしょう?」
「地球が生まれたときにはなかったじゃろうな。もっと後になってから。高さ3333メートルぽっちじゃ、地球の始まりにあったとは思えん」
「確かにそうですね」
生物学者の祖父を持つチナミがいれば、植物の生育のことなど教えてくれたかもしれないが、どっちみち世界の始まりと比較すれば高さが足りない。その結論は変わらなそうだ。
「逆に、世界樹が世界を造り替えた可能性はあるがのう」
「世界を、造り替えた?」
「そうじゃ。世界の建て替えをした魔法の樹。その可能性もある。古代人というのが何万年も前にはいたらしいことや、その昔のいずれの時代には高度な文明を持っていた可能性があることを思えば、ない話ではないじゃろ」
「そうかも、です」
「まあ、どれも想像の話じゃ。しかし、葦家章治先生はそれを小説として書いておる」
「葦家先生? えぇっと……確か、チナミちゃんが好きなぺんぎんぼうやの作者・藤馬川博士が憧れていた人」
「その藤馬川博士ってのは、葦家先生の影響で作家と研究者の二足のわらじになったって話じゃ。方々に影響を与えた先生じゃな」
「これまでの文学作品と違った、エンタメ作品を書く作家の第一人者で『作家の神様』でしたね」
「気になったのなら、葦家先生の小説『栃花物語』を読んでみなさい。一般には研究とはされておらず、ほとんど知られることもなかった小説の一つになっておるが、もしかしたら、いい研究材料にもなるかもしれん」
「は、はい」
おじいちゃん曰く、「この街の図書館にはその小説も置いてあるが、他ではなかなか見つからないじゃろう。読むならこの街がいい」とのことだった。
翌日。
ヒナは図書館で小説『栃花物語』を読んだ。
そこには、確かにおもしろいことが書かれていた。