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37 『フォトフレーム』

 (くう)()(くに)

 三月の中旬、冷たい風が強く吹いている。

 この土地は風が強く、お隣の(しょう)()(くに)は中心地・(こう)(ほく)(みや)などで雷が多いため『(かみなり)(みやこ)』と呼ばれるのに対して、空馬ノ国は空っ風が特徴の『(かぜ)(みやこ)』なのだ。


「今日は一段と風が強いなあ」


 時に歩くのも大変な時があるくらいの空馬ノ国だが、今日のヒナはそんな風に気持ちが落ちたりなんかしない。

 なぜなら、今日はついに故郷の(りく)(さわ)ノ村に帰ってきたからだ。

 長い旅の末に、また戻る我が家に心弾ませていた。


「帰ってきたよ、お母さん」


 家が近づくにつれ、ヒナは足取りが軽くなっていくのを感じた。

 途中で、ヒナは同じ村に住む農家のおじいちゃんに出会う。

 前回もこの村に戻って最初に会ったおじいちゃんだ。


「おじいちゃん、久しぶり。帰ってきたよ」

「あ」


 しかしおじいちゃんは、ヒナを見ると驚いたように固まり、それから視線を外し、よそよそしく言った。


「お、おかえり。ヒナちゃん」

「ん? うん、ただいま」


 なんだか様子がおかしい。

 だから、ヒナもあえて世間話もせずに挨拶だけで通り過ぎた。


 ――どうしたんだろう? いつものおじいちゃんじゃない。あたしを見た途端、心音もちょっと乱れた。なにかあったのかな……。


 そこから家に帰るまで、ずっとモヤモヤしていた。

 しかしそれもつかの間。

 気づけば家が見えている。


「一旦荷物置いたら、お母さんに会いに行こう」


 走り出す。

 家までの距離がどんどん近づいて。

 そして。

 ヒナは足を止めた。


「なん……で……」


 目にしたのは、壊されたドア。

 無理矢理ドアを壊して、中にだれかが入ったとしか思えない。

 急に、心臓がバクバクしてきた。

 嫌な予感がする。

 ヒナはドアを開けて中に入る。

 土足で上がった足跡がうかがえる。


「泥棒……じゃないよね。もっと、ひどい……」


 靴を脱いで、廊下を歩いてゆく。

 リビングに来て、ヒナは息が止まりそうになった。

 部屋中が荒らされている。

 物が散らばり、引き出しはこじ開けられ、家の中をすべて漁ったと思えるような、別の場所に保管していた物まで落ちている。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が苦しくなってくる。


「あたしを追ってた……あいつら……ここまで、来たの……?」


 一歩。

 二歩、三歩。

 四歩、五歩と進んで。

 足元を見て、涙が溢れてきた。

 写真立てが床に落ちていたのだ。

 家族団らんの写真が、文字通り踏みにじられて、写真立てが割れていた。

 それは、去年ヒナが出かける前、


「これも持って行きたいけど、別の写真にしようかな。この写真はここに飾っておきたいしね」


 と、またこの写真に迎えてもらいたいと思ってここに置いていったものだった。

 膝をついて、写真立てを拾う。

 手で汚れを払い、家族写真を見て、胸に抱きしめる。


「……どうして……どうして、こんなことができるの? あいつら、人の心はないわけ……? なんで、こんな目に……うぅ……ううぅ……っ」


 怒りを口にしても、悲しさで塗り替えられる。

 肩を震わせてしくしく泣いた。

 どれくらいそうしただろうか。

 涙が枯れて、ヒナは立ち上がる。

 写真をテーブルに置いて、家の中を見て回った。

 いろいろと確認した結果、盗まれたものはほとんどないことがわかった。


「地動説に関する資料が、ちょっと盗まれたくらいだったわね。でも、必要な資料は持っていったから問題ない」


 声がまだ少し震えるけれど、致命的な損失はない。それは不幸中の幸いだった。


「埃の具合を見ても、あいつらが来てから数ヶ月は経ってる。目的も果たしただろうし、今すぐ戻ってきたりなんかしないわね。おじいちゃんがよそよそしかったのも、あいつらが村に来て、あたしのことを聞いて回ったから。あたしの家を荒らしたのを知ったから。でも、すぐに村を離れるように言わなかったのは、あいつらがもう村にはいないから。だから……お母さんのところには行っても大丈夫」


 冷静に分析して、母の墓参りに向かった。

 その道のりは、また頭がぼーっとしてしまっていた。

 悲しさと怖さと怒りで頭がぐるぐるして、感情の整理ができなくて、ぼーっとしてしまうのだ。

 お墓に前に来て、ヒナはしゃがんで話しかける。


「お母さん……あたしたちの家、滅茶苦茶にされちゃったよ……」


 そこまで言うと、堪えていた涙がまた堰を切って、続く言葉も出なかった。母のお墓の前で、膝を抱えて顔を伏せ、泣き続けた。

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