36 『ショートハンドペン』
文房具屋『鈴浦』。
お店をやっているのはおばさんだった。
「へえ、その玄内さんって人を探してるの。ごめんね、よく知らないわ」
「そうですか」
残念そうにするヒナに、おばさんは聞いた。
「どうしてその人を探してるの?」
「あたし、とある研究をしてるんです。天文学の研究です。それで聞きたいことがあって」
話を聞くと、おばさんは優しく笑顔をつくって言った。
「その年で研究なんてすごいわね。じゃあ、この鉛筆をあげる」
「え?」
ヒナが顔を上げると、おばさんの手には鉛筆があった。
しかも見たことがある鉛筆だ。
「あっ! この鉛筆、知ってます!」
「あら、そうなの」
「『王都』に住んでる友だちが前にくれたんです。あたし、勉強に使ってたらすぐに使い切っちゃって」
「それなら説明は不要ね。研究にはたくさん文字を書くでしょ? これを使って頑張って。応援してるから」
「あ、ありがとうございます!」
『万能の天才』玄内について。
詳しいことは聞けなかったが、ありがたい収穫があった。
つい、ヒナはいただいた鉛筆のほかに、さらに十本以上を購入させてもらった。おばさんの親切でおまけもしてもらったし、本当に立ち寄ってよかったと思った。
店を出て、ヒナは笑顔を浮かべる。
「まさか、前にチナミちゃんがくれた《速記鉛筆》が売ってるお店がここだったなんてね。こんなにたくさん買えてラッキー! 頑張らないと」
この《速記鉛筆》は、文字を速く書くことができる。つまり自動で速記できてしまうという優れ物なのだ。
前に、友人のチナミがこれをプレゼントしてくれた。
また欲しいと思っていたが、マノーラにいたら手に入れることはできないし、すっかり存在を忘れていた鉛筆なのである。
少し歩いてから、ヒナは振り返る。
「そういえば、ほかにも便利な魔法道具って売ってたのかな? もっとちゃんと見ておけばよかった」
確か、《マインペン》とかいう商品があったような気がする。ペン以外にも、便利なノートなどがあれば欲しいところだが、今は《速記鉛筆》だけで充分過ぎる収穫だった。
そして。
この日のヒナの調査は打ち止めとなった。
もう夕方になったので、早めの夕飯を外で食べて、そこでも店員に聞いてみたが知らないとのことだった。
結局、ヒナは宿に戻ってベッドに横になり。
「だれもろくに知らなかったわね」
と、つぶやいた。
「聞けば、『王都』にいるかもわからないって……。それでよく『王都護世四天王』なんて呼ばれてるもんだわ」
それでいったいどれだけの活躍ができているというのか。
怪しいものである。
ヒナは寝返りを打つ。
「もういいや、一旦忘れようっと……」
これ以上頑張って探しても、出会えるかどうかもわからない。というより、出会える可能性が随分と低そうなのだ。
今はこの街で『晴和の発明王』を探し続けるよりも、自分の研究のための旅を優先したほうがいいと判断した。
「明日、近くの図書館に行って資料集めと勉強をしようかしら。あとは、成果次第で『王都』を離れる」
一週間後。
ヒナは『王都』を発った。
相棒の望遠鏡を作ったという『万能の天才』には、ついに出会えなかった。
しかし『王都』にはいくつもの大きな図書館があり、勉強には事欠かなかったので、『王都』では充実した時間を過ごせた。
「チナミちゃんにも会いたかったけど、今会えば巻き込み兼ねないし、会うにしても、晴和王国を旅立つ前かな」
それからのヒナは、まずは西に向かって旅をした。
歩き旅だ。
天体観測をしながら、列車も使うことなく歩いて西へ西へと進んでいった。
これまでに集めた資料の研究と天体観測があるから、どこへ行っても退屈する暇もない。
各地の図書館も巡った。
立ち寄って、気になった部分を書き取るのは《速記鉛筆》によって高速化されたし、おかげで旅の途中で足止めされることがなくなった。
西への旅は本州を渡って五州地方まで回り、今度は北を目指した。
北は本州の最北端まで行って折り返し……
創暦一五七二年三月。
再び、空馬ノ国に戻ってきた。