33 『ゴートゥーミート』
この日、家の掃除が終わると。
あとは資料を探す時間に充てられた。
家には様々な本があり、父の研究資料もあり、父が考えていたことが書かれたノートや、没も含めた研究論文すらあった。
「こんなにあるのかぁ!」
あれもこれもと手に取ると。
「やる気出るな」
うずうずして、ヒナは資料を読み漁る。
ヒナの頑張りは深夜まで続いた。
疲れて目頭を押さえ、横を見て、父と母と映った写真を見て口元に笑みを取り戻して再び資料と向き合う。
そうやって夜遅くになってから眠り、翌日も存分に読み込み、そのペースで丸三日を過ごした。
「使えそうな資料はまとめられた。再読したいものはここら辺。これをカバンに詰めて、また旅に出るか」
深夜、大きなあくびをして、ヒナは目をこする。
「今日は寝て、明日には出発しよう。おやすみ。お父さん、お母さん」
写真に声をかけて、その日は眠った。
翌日。
最後に家の掃除をして、昨晩チェックした資料を大まかに確認する。必要だと感じた資料に不足はない。
旅に必要なものもカバンに入れた。
そして、写真立ての前に来て。
家族団らんの写真にふわりと笑いかける。
「これも持って行きたいけど、別の写真にしようかな。この写真はここに飾っておきたいしね」
また戻って来たとき、この写真に迎えてもらいたい。
だから、写真はアルバムから何枚か持って行くことにした。
これで、完璧に荷物もまとめられた。
カバンを持って、ドアを開ける。
振り返った。
「いってきます」
最初に足を向けた先は、母のお墓だった。
村を出る前に、また母の墓参りに行くのだ。
お墓を軽く掃除して、お線香をあげて手を合わせる。
それから、母にしゃべりかけた。
「あたし、今日からまた旅に出るね。お父さんの裁判の時期を考えて、しばらく晴和王国を旅しながら情報収集しつつ、天体観測もして、最後にまたここに立ち寄って、マノーラに行くから。見守ってて。お母さん」
少しだけ黙って、自然の音に耳を傾けると、また母の温かい声が聞こえてくるような気がした。
大丈夫。
そう言ってもらえたような気がした。
「お父さんのことも、見守っててね。それじゃあ、いってきます」
立ち上がり、旅立ったのだった。
晴和王国を巡る旅が始まった。
最初に目指したのは――。
『王都』天都ノ宮。
国王が住む都にして、晴和王国最大の都市である。
また、世界最大の経済都市の一つでもあった。
人口は約百万人。
世界でもっとも多くの人口を有する都市であり、活気に溢れた姿は町人文化の最高峰といってよい。
夜も眠らない町としても知られ、なにもかもがそこにはあった。
だが、夜の王都が持つ妖しさにも秩序があり、人々は平和に暮らしている。
なにより、晴和王国の争いを好まず穏やかで明るい性質は、昼の王都でよく見ることができる。
今でこそ新戦国時代に巻き戻ったが、この王都は国王が住まう不可侵領域であるため、二百年以上続いた平和な街の様子が残っているのだ。
その時代、町人文化が花開き、職人たちは芸を磨き人々を幸せにして、農業も優れた技術によって無駄のない自給自足を促し、武士も勤勉に政治を行った。
だからだれもが生き生きとした顔をして仕事をして、楽しく優しく助け合い、幸せに満たされた街だった。
しかし現在では、諸外国からの旅行者も街に調和していたが、維新の際に入り込んだ風が新戦国時代の各国を通して街にも紛れ、なにか狙いを持った海外からの人間の影もちらつく。
ただ、それもほんのわずかだ。
維新が叫ばれた幕末期には街も多少荒らされたものの、今では平和な大都市そのものである。
早委ノ国から列車に乗って、王都にやってくると。
賑やかな通りを見渡し、ヒナは望遠鏡を手に取った。
「おそらく、ここに……この望遠鏡を作った人がいるわ」