31 『ファミリーホーム』
目指すヒナの実家は、関東にある。
空馬ノ国。
『王都』天都ノ宮から見て北西に位置する。
しかし、列車一本で行けるのは、『王都』までである。
晴和王国には列車が走っているが、全国を網羅しているわけではない。
世界的にも列車がない国がほとんどの中、晴和王国は東西を結ぶ機能が主だ。
西は『古都』洛西ノ宮の先にある神祥ノ国まで。
東は『王都』天都ノ宮の北にある照花ノ国まで。
もちろん西の大都市、界津ノ国の妙土には駅があるため、列車で関東までは行くことができる。
問題は、空馬ノ国に行くにはどこで降りるかである。
結論から言えば、早委ノ国になる。
そこは『王都』のすぐ上にある国だ。
空馬ノ国は照花ノ国とは隣り合っているが、照花ノ国まで行ってしまうと少し遠回りになってしまう。
ゆえに。
早委ノ国で列車を降りて、そこからは徒歩か馬車で行くのが一般的だった。
ヒナは大きく伸びをする。
「やっと着いたわ、空馬ノ国」
晴和王国に到着してから五日後のことである。
ようやく空馬ノ国に戻ってきた。
懐かしい故郷。
ヒナの住んでいた街まではまだ距離があるものの、故郷の風はもうヒナの頬を撫で髪を揺らしている。
「良い風」
ヒナは遠くの山を見る。
「明日には着くかな」
故郷の街は、空馬ノ国の中心部からやや南に位置している。
一日も歩けば辿り着ける。
翌日。
ヒナはついに、故郷の街に帰ってきた。
「久しぶりね」
街の名前は、車ノ群。
ただし、普通の街ではない。
二つの街が一帯になっている。
この広大な区域を総称して『連帯領域』と呼ばれていた。
北関東では照花ノ国の光北ノ宮に次いで大きな都市だ。
東の行政、西の商業と言われているように、異なる性格の二つの街が連なってできている。
国主が住む厩前城は東側。
国主の弟の住む高和城は西側。
兄弟仲は良い。
兄が堅実で弟が社交的な性格なのがそのまま街の性格に表れているのだ。
そして。
この区域は広いため、たくさんの村がある。
ヒナの実家は、西側の村の中の一つだった。
六沢ノ村といって、高和城からもそれほど遠くない場所に位置していた。
とうとう村に戻ってきて、ヒナは懐かしさに胸を弾ませた。
「変わってないなあ。いや、変わったか」
歩いていても、知らない顔ばかりだ。
人もそんなに多くないが、知っている人に出会わない。
そう思っていると、農家のおじいちゃんがヒナを見てにっこり笑いかけた。
「ああ、ヒナちゃんか」
「うわぁ! おじいちゃん、久しぶり」
「戻って来てたのかい?」
「今戻って来たばっかりだよ。ちょっと用事があってね」
「そうかそうか。うれしいねえ。今度は、ずっといるのかい?」
「ううん。やらないといけないことがあるから、すぐに出かける」
「お父さんは?」
「え?」
一瞬、ヒナはぽかんとなった。
あれだけ新聞を騒がせていると思っていた父のことを、どうやら知らないらしい。
「ええっと、今は研究でイストリア王国のマノーラにいるよ」
「じゃあ、ひとりで帰ったきたのかい」
「うん。このあとお母さんのお墓参りして、数日以内には出発かな」
「ゆっくりしていってほしいけど、ヒナちゃんにもやることがあるなら止めないからねえ」
「また旅に出るときには挨拶に行くよ」
「待ってるよ」
「それじゃ」
ヒナは家までの道を歩いて行く。
このあとはだれにも会わなかったが、久しぶりに知り合いに会えて気分は明るくなっていた。
家に帰ると。
中は当時のままだった。
「やっぱり、家は変わらないよね。一番変わらない」
だれが入るわけでもないのだ、当然だろう。
でも、それがヒナを安心させてくれた。
昔、家族三人で暮らしていた頃の映像がフラッシュバックする。
今も両親が目の前にいるような気がしたが、ぱちっと、まばたきと共に、視界はがらんとした空間に戻った。
椅子の前まで歩いて行き、
「ここにお父さんが座ってて、こっちがお母さんの席だったっけ。それで、あたしは……」
幼い頃の自分の姿をいっしょに思い浮かべる。明るい母と穏やかな父、そして無邪気な自分がいる。
家族団らんの光景を考えるだけで優しい気持ちになった。
写真立てが目に入り、母の笑顔を見て。
「さあ。まずはお母さんに会いに行こう」
荷物を置き、母の墓参りに行った。