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26 『ボヤージュ』

 船旅は、ヒナにとって身の安全だけは保証されたものだった。

 マンフレード博士の息子とおぼしき青年のおかげで、追っ手はヒナがどの船に乗ってどこへ行くのかつかめなくなり、行方が眩んだ。

 しかし完全な安息の旅になったわけではない。

 自分ではなく、父への心配は消えない。


「お父さんのことは心配だけど、心配するだけじゃダメ。あたしにはやるべきことがあるんだから」


 ヒナは船室で、ノートを開いた。

 やるべきことを、箇条書きにしてゆく。


「第一に、研究。天体観測をしてデータを集める」


 これは言わずもがな。

 旅立ってから毎日やっている。


「第二に、体力作り。足腰を中心に鍛える」


 意外と大事なことなのだ。


 ――今回、追っ手から逃げるのに体力が必要だって実感した。あたしが戦うには武器もないとやり合えないけど、武器なんて持ってない。もしもの時、相手を振り払えるように腕力も鍛えるけど、なにより逃げるための脚力と体力が必要だよね。


 脚力がなければ追いつかれる。

 体力がなければ逃げ続けることができない。


 ――船の中だと身体もなまっちゃうし、意識して鍛えておかないと!


 ふと、ヒナは友人の顔を思い出す。


 ――そういえば、チナミちゃんは健脚だったなあ。おじいちゃんについていって、山を歩いてたもんね。晴和王国に行けば、チナミちゃんにも会えるかな? ちょっと楽しみだな。


 少し頬に笑みが浮かぶ。


「あ、そうだ。まだあった」


 ヒナはもう一つ書き加える。


「第三に、勉強。この世界のことを、なんでもかんでも知っていく」


 それをしないと戦えない。

 まだ、ヒナには知らないことが多すぎる。

 晴和王国に戻るまでの数日で、父はこんな話をしてくれた。


「この世界は、利権構造ができあがってるんだ」

「利権構造?」

「今の世界の支配者たちにとって、都合良く巧妙にデザインされているということだよ。お金を稼いで税金を取り立て、そのすべてを国民には還元せず、大部分を搾取する。これはわかりやすいだろう。他にも、新聞などの情報媒体は広告費としてお金を出してくれる相手にとって、都合の悪いことは書かない。逆に、お金を出すことで報道内容を書き換えるよう要求することもある。おそらく、お父さんが地動説を研究しているとして、批判的な記事がいくつも出てくる。それも宗教側の組織との利権があるからだ」

「……わかるけど、気にくわない」

「あとは、海外とのやり取りで言えば、国が関わってそれを推進することで、相手国との約束時に賄賂が発生し、輸出と輸入に際しても税を取って、一部を搾取する。これも利権構造だね。医療や食、学問、司法に至るまですべてにこうした利権は絡んでる」

「でも、晴和王国は? そんな嫌な感じしなかったけど」

「晴和王国も、もし維新が成功していれば、その構造の最下層の歯車の一つになってたと思うよ」


 むろん、その最下層の歯車とは晴和王国の一般国民のことである。


「晴和王国は幕末まで、世界で類を見ない戦のない平和な時代があったんだ。その時代、訪れた外国人たちはみんな晴和王国を不思議がってたらしい」

「なんで?」

「みんな笑顔で不機嫌な人がいないからだよ。明るく穏やかな人たちだって、いろんな本で書かれてる」

「確かに、晴和王国を旅した旅行者の手記にもそんなこと書いてあったような……」

「紀元前も晴和王国の人は戦もしない平和な民族だったっていうし、外的要因がなければ平和を維持できる……けど、もしその世界を支配する利権構造の歯車の一つになれば、奴隷同然に働かされて心に余裕がなくなって、どうなってしまうかわからない。あるいは、奴隷と思わない程度の自由と豊かさを与えられ、真綿で首を絞めるように徐々に国力を奪われたりしたら……これは想像もしたくないな」

「そういう意味では、また戦国時代に戻したのはすごいことだよね」

「英断だったと思う。幕府への攻撃は熾烈を極めたし、幕府の維持はかなり厳しいところまできていた。だから倒幕は許しながら、戦国時代に戻すよう裏で手引きして国を守った『幻の将軍』には感謝しないといけない」

「チナミちゃんのお父さんは幕府で将棋を教えていた人だし、その『幻の将軍』のことも知ってるかな?」

「知ってるだろうね。でもね、ヒナ。お父さんがここで言いたいのは、そうした対応を『幻の将軍』ができたのも、この世界のことをいろいろと調べて勉強していたからだということだよ」


 そう言われて、ヒナはごくりと唾を飲んだ。


「わかった。あたしもいろいろ勉強するよ」

「偉いね、ヒナ。自分の身を自分で守れるように、社会構造だけじゃなく、この世界のことなんでも学ぶつもりで生きなさい」

「うん」


 ……と。

 そんな会話をしたのだった。

 思い出して、ヒナはひとりつぶやく。


「やること、いっぱいだ」

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