25 『リーブラナージャ』
結局、親切を受けることにした。
あの青年のチケットと自分のチケットを交換してもらい、今日の十八時に出航する船に乗ることにした。
宿探しをしなくてもよくなる。
すでにヒナの乗る船を調べられていても、同じ船には乗らなくて済む。
到着地点も異なり、晴和王国の中でも東と西で離れている。
とても都合がよかった。
そして、十八時の十五分前。
ギリギリでヒナは船に乗り込んだ。
「やった! これで、あいつらをまけた。あの人のおかげで、安全に晴和王国に辿り着ける」
そこで改めて、ヒナは気になった。
「でも、あいつはだれだったの? なんでお父さんの言葉を知ってたの? マンフレード博士と知り合いなら、他の学者のことも知っていて、たまたまお父さんの言葉を引用したってことも、あり得ないことないけど、さっぱりだわ……」
考えるには手がかりが少なすぎた。
「あのときも考えたけど、あの人は学者なのかしら? 普通の人はそんな言葉まで知らないし……」
ぶつぶつと独り言を言っている間に。
船は出航した。
「そうだったわ! 名前くらい聞いておけばよかった!」
うっかりしていた。
急に叫んだヒナを周りの乗客がチラチラ見ていた。恥ずかしくなってヒナはそそくさと移動して、ラナージャの港を見る。
そのとき、声が聞こえた。
《兎ノ耳》が声を拾った。
「ボクも自分の戦いをするぜ。浮橋教授の娘。ボクと同じ目に遭う人間なんて、もう出ちゃいけない。あのチケットは返却して予約も取り消した。これで、キミの行方はだれにもわからなくなった。さて、ボクも次にマノーラに戻ったら、あいつらに接触してみるか。レオーネ、ロメオ」
最後は、船がどんどん遠ざかり、船そのものが発する音で掻き消されて、なにを言っているのかわからなかった。
しかし、ヒナの行方がだれにもわからなくなったと言っていたところまで聞こえた。
「あたしが天文学者・浮橋朝陽の娘だって知ってたの!? やっぱりそうだったのね!」
また大きな声を出してしまう。
ただ、もう近くにはあまり人がいなくなっていた。
「それに……ボクと同じ目に遭う人間って……そんなの、一人しか思い浮かばないじゃない」
その一人。
たった一人とは。
「マンフレード博士の息子」
異端審問にかけられた博士の息子。
処刑された博士の息子。
もうあの家にはいないと言っていた博士の息子。
「だから、最初に会った日、期待したいとか言ってたのね」
それならば、納得できる。
辻褄が合う。
「その期待に、応えてみせるわ」
船上から遠ざかるラナージャに向かって、ヒナは小さくつぶやいた。
蝶々が目の前をひらひらと飛んで、ヒナは目で追った。
顔が東へ向けられる。
ヒナを乗せた船は、晴和王国の界津ノ国、妙土港へと進んでゆく。




