22 『スタミナリミット』
――あいつの心音が聞こえないから、心臓の鼓動から疲労具合を割り出せないけど、たった数メートルだった距離が広がって、今は十メートルくらいになってる。剣を武器とし、近距離戦闘を得意とするあいつがあたしからあえて距離を取るとは考えにくい。あたしには武器もなく、反撃の手立てもないんだから。つまり、体力が消耗しているから。
だから距離が開いた。
――ただし、そこからは距離が広がり切らない。あたしだって、体力はどんどん消耗してる。体力勝負が有効ってほど、あたしにも余裕はない。
追い詰められていることに変わりない。
――あたしにも、あいつにも……どちらにとっても有利な戦いじゃない。強いて言うなら、気力を絞って走り続ければ、逃げ切れる可能性がある。反対に、あいつの気力が勝ればあたしが先にくたばって、追いつかれたら丸腰のあたしに勝ち目はない。もう逃げる体力もないのに、そこから逆転の手を生み出す余力はないに等しい。
そのとき。
ヒナは音を拾う。
――この先、あの足音がある……。あたしを狙う追っ手がいる。やっぱり、逃げてるだけだと、他の仲間にやられちゃう。
追っ手がいない方向へと曲がり、走り続ける。
曲がり際、後ろから追いかけてくる女を見やるが、その距離はほとんど変わらない。
いや、少しだけ近づいている。
――ただ逃げ続けるのは、得策じゃないわよね。じゃあ、どうする……?
手立てはあるのか。
ない。
少なくとも、今は思いついていない。
――どうする? どうしたら、打開できる……?
自問自答する。
しかしわからない。
――わかんない。わかんない! どうやったら逃げ切れるの?
窮地に陥ったことで今までにないくらいに頭を使って、分析はした。しかし、打開策は見出せない。
体力が減ってきて、頭の巡りも鈍ってくる。
――また角を曲がったときに隠れても、相手から姿が消えてから隠れるまでの時間がほとんどない。それじゃあすぐに見つかっちゃう。
無策で走り続けても、いずれ追いつかれる可能性が充分にある。
戦うには、こちら側に武器もなく、素手で戦う技術もない。
――もう、走るの苦しいよ……! でも、捕まったらなにをされるかわからない。さっきだって、殺すのが目的じゃなさそうだったけど、殺さないようにって配慮はなかった。殺されちゃうかもしれない……まだ、死にたくないよ……。
弱気が顔を出したとき……。
思わず、足がもつれてしまった。
「うあぁっ!」
前につんのめって、そのまま転んでしまった。
――どうしよう……っ! またお父さんといっしょに、笑い合いたいのに……まだ生きたいのに……。
転んだせいで、追いつかれる。
追いつかれるのなんてあっという間だった。
一瞬だった。
斬りかかってくる女の顔を見て、その恐ろしい形相に、恐怖でじんわり涙がにじむ。別に怒り狂った顔ではない。冷徹で血の通っていない顔だったから、ヒナの心まで凍り付きそうになったのだ。
心が凍って、動けなくなりそうだった。
「ハアアッ!」
剣が伸びる。
「わっ」
ふと我に返って、横に転がった。
地面を転がり、間一髪、剣をよける。
相手の剣が地面に突き刺さって、
「くっ」
その剣を抜こうとしているのを見て駆け出した。
ここでどれだけの時間を稼げるのかもわからない。
でも、走るしかない。
角を曲がった。
――今なら、隠れる時間もある……?




