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18 『イメージマニピュレーション』

 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。

 ぐるぐると考えて考えて不安でずっと眠れなかったが、いつの間に眠っていたのだろう。

 不安と悲しさと寂しさで、泣いて体力を使ったのか。昼間たくさん歩いたから疲れていたのか。

 気づけば朝日が差し込み、出発の時間になっていた。

 ヒナはつぶやく。


「でも、あたしが折れちゃいけないよね。お父さんを守れるのはあたしだけなんだから」


 声に出さないと、心が折れそうだった。

 本当に心が折れてしまわないように、どうすれば父を守れるのか、具体的な詳細もわからなくとも、声にして自分を鼓舞した。

 宿を出て、また歩き出す。


「あたし、諦めない。周りが敵ばっかりで、味方なんかいなくても。また泣いちゃうこともあるかもだけど……諦めないよ、お父さん」




 翌日。

 ヒナは馬車を拾うことができた。


「はあ」


 ホッとひと息つく。


「馬車はいいわね。歩いてばかりだと、疲れてあんまり勉強できないもん」


 徒歩での移動が続くと、勉強の時間が取れない。

 加えて、疲労で勉強していても眠くなってしまう。

 余計なことを考えないですぐに眠れるのは悪いことではないが、ヒナにはやるべきことがたくさんあるのだ。


「お嬢ちゃん、一人旅かい?」


 馬車の運転手が前を向いたまま聞いてきた。

 幌馬車の形になっていたから、後ろの座席の荷車にいたヒナとは壁の隔たりもなく会話できる。

 この時代のルーン地方でもマギア地方でもよく見られる馬車の一種である。


「はい。そうですよ」

「すごいねえ。どこまで行くんだい?」


 運転手は五十がらみの男性で、素朴そうな人だ。


「晴和王国です」

「そりゃあ、遠いね」

「そうですね。あたし、そこに行って研究もするので」

「研究? そりゃまた、すごいな」

「地球が太陽の周りを回ってるっていう、地動説を証明したいんです」


 普通なら馬車の運転手にそこまで言わないが、相手が素朴そうなのでつい話をしてしまう。


「あはは。地球が太陽の周りを? 変わったこと言うねえ」


 まるで相手にしていない、信じていない感じだった。


 ――そうだよね。なんとなく、話し相手になってくれたら、気が紛れるかとも思ったけど、信じてなんてくれないよね。


 それからは、運転手との会話が途切れてひとり考え事にふける。

 ゆっくりと馬車に揺られて、落ち着いたところで。


「これから……一般大衆の扇動と洗脳がどのスピード感でされていくんだろう……?」

「ん?」


 運転手は振り向くが、ヒナがどこか遠くを見て考え込んでいるのを見て、何事もなかったように前に向き直った。


 ――まだ新聞を見ても、毎週のプロパガンダ以外にイストリア王国の民衆がどうなっているのかはわからない。


 そんなことは書かれていない。

 効果が出る前なのか。

 すでに効果は出ているのか。

 だが。


「一般大衆の動きはわからないけど、わかったこともある」


 それは。


「このあとの筋書きは、徹底的な監視と宣伝になるってこと」


 監視と宣伝は必要不可欠といえる。


 ――監視して、お父さんが研究できないようにする。拘束されるか、外出すらできなくなるか。とにかく、今までの生活はできなくなる。他者とのコンタクトはほとんど取れなくなるとみていい。


 まず、それが監視である。


 ――同時に、お父さんが地動説の研究をしていると公表して、その研究期間が充分にあるものと思われるほど期間を設けて、宗教による平和や宗教の正しさを広めて、地動説がいかに宗教を否定して調和を乱すものかを吹聴する。


 これが宣伝である。


 ――そして、最後。ろくに研究もさせず充分な束縛で疲れ切ったお父さんを裁判に引きずり出して、宗教の考えが正しいと信じる大衆の前で否定と非難をする。


 アサヒはそこまで言わなかったが、考えれば考えるほど、そうした追い詰め方をされる戦略に行き着いてしまう。


 ――世論誘導と粛正。


 そのコンボが用意されている。

 なんてひどい想像だろうか。

 しかし、それが巧妙にデザインされていてこそ、この世界は支配者層にとって都合良く綺麗に機能するのだ。


 ――したがって、裁判が行われるまでにはまだまだ時間が用意される。お父さんが充分に研究して裁判に臨んだと民衆が思える期間……少なくとも、一年以上はやつらの考え方を普及させるはず。で、宗教を正義に仕立てて地動説みたいな科学を悪であると植え付ける。


 このときの世論誘導あるいは洗脳がどこまで成されたかによって、裁判の期間がずれ込む。

 早くなるのか、遅くなるのか。


「……うん、一年以内に戻るのが目標かな」


 裁判が遅くなればなるほど望ましい。

 それからも毎週、ヒナは新聞のプロパガンダ記事を見ては怒りと悔しさともどかしさと悲しさで落ち込むこともあったが、旅は続いていった。

 約一ヶ月後。

 辿り着いたのは、ガンダス共和国。

『千客万来の港湾都市』ラナージャ。

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