12 『トゥーザイースト』
ヒナの旅が始まった。
旅の目的は決まっている。
地動説を証明する材料を集めて、裁判までに戻って来て、父といっしょに戦う準備を整えること。
――家の中からも、外の音がないことはわかってた。実際、今もない。尾行はない。
《兎ノ耳》で周囲の音を探知したところ、音はなかった。
つまり、尾行者がいないことを意味する。
――普段からあたしもお父さんも怪しい行動はしなかった。おかげで、普段なら家を出ることのない早朝にはまだ尾行者もいない。
朝の五時。
いつもアサヒが家を出る時間が八時、ヒナが家を出る時間が八時半だから、その三時間も前になる。
普段の素行がよかったので、一日中の監視もなく、ものすごく早い時間からの待機もなかった。
これはすでに、ここ数日の調査でわかっていたが、改めて、家から離れてみても問題がないことが確認されたわけだ。
出発してから十五分。
完全に、ヒナの普段の行動圏内から外れた。
――あたしがいつもは来ない場所まで来た。あとは、尾行もつきにくくなる。
そこで、ふうと息をつく。
足を止めて。
パシン、と両手で頬を叩く。
「よし。やるぞ」
強い決意で、ヒナは東に顔を向けた。
――とにかく、目的地は晴和王国よね。
晴和王国は、ヒナの生まれ故郷である。
ここイストリア王国のマノーラからは、かなりの距離がある。
ルーンマギア大陸を横断し、海を渡った先にあるのだ。
――死んだお母さんのお墓にも行きたいし、なにより、晴和王国のあたしの家にはなにか資料があるかもしれないしね。
父の研究の影響でイストリア王国で生活していたが、ヒナにとって自分の家は晴和王国の家だ。
父と母と過ごした我が家には、なにかあるかもしれない。
――それに。晴和王国に向かって旅をすれば、そこまでの道で月を観察できる。いろんなポイントでの観察結果を残せる。
データの収集は旅をしている最中にこそできる。
だから、この旅は旅をすることそのものに大きな意味がある。
――相棒もあるしね。
バッグに差していた望遠鏡を手に取る。
天体望遠鏡は、この世界のこの時代には珍しいものだった。なくさないようにしないといけない。
目的のためには必要な相棒であり、大切な宝物だから、なおさらその気持ちは強い。
「そういえば、この望遠鏡を作った人は晴和王国の王都にいるのよね」
晴和王国の『王都』天都ノ宮。
世界最大の人口を抱える都市であり、世界最大の経済都市の一つ。
「王都には何度か行っただけで、その人にも会ったことないし、名前も聞いたことなかったわね。確か、『晴和の発明王』だっけ。天体望遠鏡を作るくらいの人だし、天文学にも通じているはず。会っておきたいわ」
名前は知らない。
だが、会えないこともないだろう。
――そんなに有名な人なら、王都に行けば情報もあるでしょ。
ヒナは天体望遠鏡を大事に両手で持つ。
――もしそんな人に会えたら……協力してくれるかな? 天文のことも知っていたりしないかな? お父さんが危ないって言ったら、その人は助けてくれないかな?
友人だから天体望遠鏡もくれたわけだし、協力をお願いすれば受けてくれる可能性もある。
――簡単に協力してくれないかもしれないけど……どのみち、解決の鍵は晴和王国にある気がする。