10 『リアシュアー』
ヒナは、悲しかった。
父といっしょにいられなくなることがどうしようもなく悲しかった。
泣きたくもなった。
でも、素直に泣けるほど、ヒナは器用でもない。泣いて、父に甘えて、それで旅立とうとするほど、ヒナは感情を優先できない。
つい頭が回ってしまう。
相手のことばかり考えてしまう。
今も父のことを心配して、自分よりも父のことを先に考えて、父が安心して送り出せるようにと考える。
おそらく、父はヒナがそう簡単に折れたり父を守ることを諦めたりする性格じゃないとわかっている。正義感が強くて諦めが悪いこともわかっている。
そんなヒナの性格も含めて考えて、ヒナの選択が父を安心させるようにしなければならないのだ。
となると。
方向性は決まってゆく。
自分がやるべきことと、父に言うべきことが絞られてゆく。
絶対に父を助けることは、諦めない。
それは父もわかっている。
その上で、父を安心させるために言うべきことは……。
ヒナは、言葉を選んで言った。
「あたしが必ず、地動説を証明してみせる。あたしが世界を旅して、データを集めて、地動説を証明するからさ。お父さんは待ってて? いつになるかはわからないけど、待っててくれる?」
その言葉に、父は優しい笑顔を浮かべる。
「ああ。待ってるよ。気をつけるんだよ。急がなくていいから。なにより、ヒナが楽しい旅ができることを、お父さんは願っているよ。ヒナはヒナの幸せを一番に考えて、日々を大切にね」
少しだけ、笑顔が上手に作れない。だが、ヒナは精一杯の笑顔でうなずく。
「うん」
きっと、これは別れの言葉だ。
――たぶん、もう一生会えないことも覚悟して、そう言ってるんだよね。
急がなくていいから。
ヒナはヒナの幸せを一番に考えて、日々を大切にね。
その意味は、ただヒナを気遣ってくれたのではなく、別れを見越しているからこそなのである。
――だからあたしは、いつになるかはわからないなんて、悠長なことを言った。気長に、まるで裁判の結果なんて関係なく元の生活が戻ってくるようなことを。
いつになるかわからないということは、時間がかかるということであり、アサヒからすればヒナが危険な時に戻ってこない可能性が高まるということだ。
ヒナが父を守ることを諦めない上で、父を安心させるには、これがちょうどよい落としどころだったのである。
――でもこれで、お父さんも、もう余計な心配をしないで済むよね。あたしは、裁判までには戻ってきて、必ず、いっしょに戦うから。待っててね。
もちろん、ヒナは絶対に戻ってくるつもりだった。
裁判に間に合わせて、データをそろえて戻ってきて、いっしょに戦うことがこの旅の目的になるのだ。
じっと父の顔を見て。
それから、ヒナは立ち上がった。
「それじゃあ、準備をしないとね」
「手伝うよ」
ありがとう、とヒナは微笑み、二人でヒナの旅支度にかかるのだった。




