6 『アズビフォアー』
翌日から、アサヒは周囲を気にするようになった。
いつどこで、だれに見られているかわからない。
だから神経を使っていたのだが、家を放火される場合の対応だけはどうにもできない。
――家を放火される可能性も、ないわけじゃない。ウルバノさんと同様に火事を起こすことで、ぼくに地動説の研究をするなと牽制できる。しかし、やはり、やるならぼくを異端審問にかけて見せしめで処刑するのが効果的。火事の可能性は低い。
可能性が低いのに自ら先手を打って火事への対策をしていくのは賢い判断とは言えなかった。
――もし放火する計画があっても、放火するつもりがなくても、ヒナだけは家に帰らないようにと別の場所に住まわせたりすると、かえって怪しまれる。ぼくに地動説研究の意思があると思われてしまう。
意思があるからこそ、危機を察知して行動したのだと思われる。
――それならばいっそ、普段通りにしていたほうがいい。
無意識を装いながら周囲を警戒する以外に、アサヒは特別なことはなにもしないようにした。
普段通りを心がけた。
あれからウルバノもあえてアサヒに相談もしてこなかったし、アサヒから連絡も取らなかった。
賢明なウルバノだから、自分が声をかければアサヒも疑われ、アサヒとヒナの二人が危険な目に遭うと予想できているのだろう。
ヒナはウルバノについて、
「ねえ、お父さん。あのお父さんの友だち……ウルバノさんとは、連絡は取った?」
と夕食時に聞いてきた。
これには、アサヒも隠すことなく言った。
「いや。もしウルバノさんがお父さんに、気をつけろのひと言でも言えば、連絡を取ったというだけで、お父さんも地動説の研究をしようとしていると疑われてしまう。それがわかって、あえて連絡はしないでくれているのだと思う」
「そっか」
実は、ヒナは父に友人がいるなんて思ったこともないほど珍しいことだったので、父が心許せる友人というだけで好感を持ち、ウルバノのことは少し好きになっていたのだ。
だから、余計に哀しかった。ウルバノがあんなに目に遭って。
そして、たったの一日で、ヒナはウルバノや父が置かれている状況をある程度理解できてしまった。それだけにやりきれない気持ちだった。
けれども、ヒナにはアサヒが心配している危険な可能性まで考えは及んでいない。
「とにかくさ、あたしたちは、今のまま、普通にしていれば、大丈夫だよね?」
「ああ。おそらく」
大丈夫だよ、と言おうとして舌がもつれて、アサヒは不器用に笑いかけた。
その翌日からも、特になにも起こらなかった。
アサヒは安心した。
安心したのはヒナもだった。
一週間もすると、ウルバノが家を訪れたのも昔のことのように、ヒナはいつも通りにアサヒと星の話をしていた。
ヒナも少しだけ表情にも不安が現れていた時期が数日あったが、アサヒが見たところ、今ではすっかり元通りだ。
――結局、ぼくが尾行されている感じもない。ヒナもいつも通りに戻った。大丈夫、マークされているわけじゃない。
今日の昼間、ヒナが読んでいたという本について、
「もうあんな本も読めるなんて、頑張ってるんだね」
「あたしはお父さんの娘なんだから。頑張らなくても読めるの」
「そうか。そうだったね」
さらに三日後。
ヒナは夕食時に言った。
「そういえば、噂で聞いたんだけどさ。ウルバノさん、シャルーヌ王国に帰ったんだって」