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5 『ファイアーディザスター』

 二月中旬。

 アサヒの友人が家に来ていっしょに食事をした翌々日。

 ヒナは、帰宅した父の様子がおかしいことに気づいた。


「なにか、あった?」


 おずおずと尋ねる。


「あぁ、ごめん。ヒナに話すようなことでは……いや、ヒナには話すべきか」


 もってまわった言い方に、ヒナは疑問を覚える。


 ――どうしたんだろう。言いにくいこと……?


 黙って、ヒナは父の言葉を待つ。

 少し整理するように、アサヒは腕組みして黙考し、それから腕組みを解いて真剣な顔で話し始めた。


「ウルバノさんのことは、覚えているだろう?」

「うん。一昨日来たお父さんの友だち。だよね」

「そのウルバノさんだけど、昨日、家が燃えてしまった。火事になってしまったようだ」

「え」


 ヒナは目を大きく開けて、その先の言葉が出なかった。


「一応、ウルバノさんは葉巻を消し忘れたのだろうと公には答えていた。しかし、彼は葉巻など吸わない」

「そう、だよね。うちに来たときも、吸わなかった。でもさ、答えたってことは、無事なんだよね?」

「ああ。無事だ。彼自身は」

「えっと、じゃあ……」

「彼が独自に研究していた資料は燃えてしまったそうだ。地動説証明のための資料が燃えた」

「そんな……」


 成果がすべて消え去った。

 葬り去られた。


「別に、ヒナが気にすることじゃない。ただ、この件にはこれ以上深入りしないようにすべきだと、お父さんは思う」

「どういうこと?」


 いつになく深刻な顔で、アサヒは落ち着いた声で話す。


「異端審問所審査というものがあった。それは、ずっと昔の話だ。お父さんはその場に引きずり出されて、審問を受けた」

「審問?」

「地動説を唱えないようにと注意を受けたということさ」

「学問を追究しただけなのに、そんなのおかしいよ」

「おかしくても、宗教というのはそういうものなんだよ。人々が安心して平和に、共通の価値観を持って暮らせるよう、より良い生活が送れるようにする教えが必要だと、彼らは考えている。いや、もっと別の利権とか、社会の仕組みがあるのかもしれないが」

「あたし、わかんない」


 少し哀しげな目をするアサヒ。

 だが、ヒナは悔しさで下を見ていたから、そんなアサヒの顔は見えなかった。


「ただ、昔そうだったというだけだよ。お父さんが地動説の本を出した頃のことだから、今では宗教関係者になにか言われることもない」


 それは単なるなぐさめだった。

 安心させるための言葉でしかなかった。


 ――このあと、ぼくも狙われるかもしれない。ウルバノさんがぼくの研究やぼくのことをどれだけ人前で話したのか、そして最近のウルバノさんとぼくの親密さなどを観察して、ぼくが要注意人物になるかが決まる。


 宗教を脅かす危険人物かどうか。

 その見極めが、これからされるだろう。


 ――ぼくが要注意人物だと判断された場合、三つのパターンが考えられる。一つ目は、マークはするが様子見だけでなにもしない。しかし、ウルバノさんの家に放火するほどだ、この見立ては甘いとみるべき。二つ目、ぼくのこの家にも放火すること。これはあり得るが、早計か。三つ目、ぼくを二度目の異端審問に引きずり出し、大勢の前で見せしめに地動説を否定すること。最悪、処刑されるだろう。


 そしておそらく、本気で地動説を潰したいのであれば、その可能性がもっとも高い。

 ウルバノを見せしめに利用するには、まだ呼びかけたに過ぎず論文すら出していないので、その価値が低い点が問題となる。

 だが、アサヒであれば別だ。

 以前にも地動説を唱えた本を出し、一度は異端審問所審査で注意を受けている。

 そんな人物がまた地動説を唱えたと非難するほうが、見せしめとして高い効果が見込めるのである。


 ――ウルバノさんの成果を見て、ぼくも再び地動説の研究をするのもいいかと思ったが、これほど根深いとはね……。明日からの様子を見て、ぼくもどうすべきか考えなければならないな。

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