1 『ヒナレミニセンス』
夜空には当たり前のように星があって、月がある。
しかしそこには理由がある。
天文学者である浮橋朝陽は、星や月の巡りから地動説を唱えた。
まだ彼の娘が幼かった頃に唱えたその仮説は、すでに何人かの先人が唱えていたものであり、あまり相手にもされなかった。
また、それを必死に訴えるほど、アサヒはこだわらなかった。
ほかにも研究していることはあるし、現在の研究拠点であるイストリア王国のマノーラ近辺を中心とする宗教の教えに背くその考えは、受け入れられなくても仕方ないと思ったからだ。
時が来れば、正しい研究が進み、地動説を唱える人も増えるだろう。
そう考えて、別の研究と教授としての仕事に集中した。
娘が五歳のときに妻が亡くなり、娘がひとりで寂しくないよう、娘と過ごす時間も大切にするようにしたのだった。
そんなアサヒの一人娘、浮橋陽奈は、父の影響で星や月が好きになっていった。
創暦一五七一年一月。
ヒナはいつものように、父の帰りを待っていた。
このとき、ヒナは十歳。
次の三月で十一歳になる。
まだ幼いながらも、ヒナは自分で父の本を読み、暗くなると天体望遠鏡で星や月を観察するのが日課だった。
この日も月を見ていると、父が帰ってきた。
「ただいま」
玄関に駆けて行き、出迎える。
「おかえり。早かったね」
「そうかい」
「うん。ちょっと待ってて。夕飯の準備、すぐにしちゃうから」
「いつもありがとう、ヒナ」
夕飯の準備はヒナの担当だった。
生活力が高くない父のために、ヒナはそれくらいのことはなんでもこなせるようになったのだ。
今も、ある程度下準備をしたところから、仕上げをしていく。
そうして、おしゃべりしながら楽しく夕食をいただく。
なんでもないいつもの日常だった。
しゃべるのはヒナがほとんどで、口数が多いわけでもない父は聞き役になる。
だが、ヒナは質問もよくした。
聞いてもらいたいこともたくさんあるが、聞きたいことだってたくさんあるのだ。
学者の父の話はおもしろい。
「お父さん、今日はどんな研究してたの?」
「今の状態だと、まだヒナには説明できないな。しばらく進展がなくてね」
「そっか。でも、お父さんはすごいよね。ずっといろんな研究してて。こっちに来てからもいろんな本を出したもんね。あたし、今日もお父さんの本読んでいたんだ」
「ヒナは本当に頭がいいな」
「だって、お父さんの子供だもん」
「そうだね。ヒナがそう言って胸を張れるように、お父さん、もっと頑張らないとな」
「別に頑張らなくてもいいよ? あたし、今のままで満足だし」
「そうかい?」
「うん」
えへへ、と笑うヒナを見て、アサヒも表情を緩める。
――いつも仕事ばかりで、ヒナと過ごす時間をあまり取れていなかったな。研究も急いでも仕方ないところだったし、少しゆっくりするのもいいかもしれない。
そう思って、ヒナに提案する。
「ヒナ」
「なに?」
「今度、春にでも晴和王国に一度帰って、お母さんのお墓参りに行こうか」
「やったー! 行く! でも、研究はいいの?」
気遣い屋のヒナだから心配そうに尋ねるが、アサヒは柔らかく笑った。
「研究も、しばらくはデータを集めるばかりで進展しない段階だからね。少しの間なら、任せてもいいだろう」
「うん! 春か。楽しみだなあ」
一つ楽しみができて、ヒナは嬉しくなった。
ヒナの出身地は晴和王国。
もう亡くなって久しい母と過ごしたのも晴和王国であり、本当の自分の家と呼べる家もそこにあり、母のお墓も晴和王国にある。
だから、ヒナにとっては懐かしい思い出が残る自宅に帰れる、嬉しい旅なのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
今日から『イストリア王国編 ウィッチトライアル』が始まりました。
ヒナの話と裁判の話がメインになります。
これまで明かされていなかったヒナのことを中心にいろいろと描いていく予定なので、ここから先もどうぞよろしくお願いします。




