304 『インヴォルブアルブレア』
「しかし――結果は五分五分。リョウメイがうまくやったせいで、まだ鷹不二の有利とは言い切れぬ。これからはもう少し士衛組にちょっかいをかけてゆかねばな」
そんなオウシの評価に、チカマルはまた疑問を持つが、今度はなにも言わなかった。
――現状、アルブレア王国ともっともつながりがあるのは士衛組。だが、もう一つ。将軍家。
戦国時代を終わらせ、幕府を開いたのが将軍家である。
晴和王国は、維新を標榜する勢力と将軍家らが戦い、幕府が打倒こそされるが、維新を起こさせなかった。
むしろ、戦のない平和な時代の崩壊は、再び戦国時代を招いた。
以来、新たな戦国時代を新戦国時代、古い戦国時代を旧戦国時代と呼ぶようになったのだが。
今は新戦国時代にあり、将軍家のない晴和王国は全国の武将たちがしのぎを削っている。
――次の将軍となるはずであった音葉楓が将軍職につく前に幕府が打倒され、彼は一人の能吏となった。その『幻の将軍』音葉楓には妻の三葉があり、彼女の姉がアルブレア王国のローズ国王の妃・青葉雛菊じゃ。その娘、音葉薺が士衛組にあるのもアルブレア王国との関係性の強固さを示す一因じゃが……。それ以上に警戒すべきは、将軍家の決起じゃ。
将軍家が立ち上がること。
すなわち、『幻の将軍』が旗を揚げることである。
――もし『幻の将軍』音葉楓が立ち上がれば、天下統一の最後の敵はスサノオ率いる碓氷ではなく、将軍家になる。未だに将軍家を慕う声も多い。『幻の将軍』は表舞台に出るつもりはないらしいとの噂じゃ。が、国家が危機に瀕したら、動く可能性はある。そのとき、将軍家にはアルブレア王国という晴和王国の外側の強いバックがいることにもなり、その力は計り知れないものともなる。加えて、動き出すタイミングが鷹不二と碓氷の戦いの後になったら……消耗した鷹不二は戦うことすら厳しくなる。
だからこそ、オウシはアルブレア王国を士衛組経由で味方につけたいのである。しかもそれが外の力であれば、大きな支えとなり牽制ともなる。
――しかし、一方で、アルブレア王国は現在、国家が揺らぐほどの危機的状況にある。もし士衛組がアルブレア王国を取り戻したら、国政は改められる。そこにわしらも絡み、アルブレア王国との関係を密にし、士衛組と一層緊密になれば、将軍家に隙を与えずわしが天下統一をできる……。
先の先の先を見越して動かねば、天下など取れない。
そのための楔を打つことに足りないということもない。
しかし。
――まあ。とはいえ、未来がどうなるかなどわしにもわからん。メラキアや黎之国、そのほか世界規模で時代が動いている。わしが天下統一を成しても、今度は国を守るための政にはとてつもない努力が必要となる。どのみち、そうなったときにもアルブレア王国は無視できぬのじゃ。今から手をつけておくに越したことはない。さて、時代はこれからどうなるのか……。
余人には語らぬし、常人は想像もしない。そんな部分まで、オウシという人間は考えて動いている。
明晰な頭脳を持った人物たちが蔓延る新戦国時代の晴和王国で、やがてオウシはますます頭角を現していくのだが、それはまた別の話である。
オウシとチカマル。
二人を見送ったあとのサツキは、ルーチェに向き直った。
「あの……ルーチェさん」
「はい。なんでしょう?」
笑顔でサツキを見つめるルーチェ。
「さっき、オウシさんがなにか言う前に会話を切り上げてくれようとしていましたよね?」
「出過ぎた真似をしました。なんとなく、オウシ様のご様子からまだなにか企みがあそうだなと思いまして」
「ありがとうございます。でも、言われてしまいましたね。まさかオウシさんがあんなにいろいろ考えていたなんて。いえ、考えていないはずがないんですが、俺も読めていませんでした」
「それは仕方ないですよ」
ルーチェがフォローしてすぐに、それにかぶせるようにもう一つの声も擁護してくれる。
「オウシはんが第三者であったのに対して、サツキはんは目の前の強大な敵に全力を尽くさなあかんかった。この読み負けは仕方ないことどす」
「え」
リラが振り返り、驚きの声を上げる。
「……リョ、リョウメイさん!?」