303 『エクスプレッション』
オウシは、サツキたちから離れたところで。
歩きながらチカマルに言った。
「見たか、サツキの顔」
「はい。とても驚かれていたようで」
「やはりよく切れるやつじゃ」
「つまり、オウシ様が会話の中に含ませた意味を解していったということでございますね」
「そうじゃ。勝手に解してくれる。おそらく、トウリを除いてここまで通じ合えるのはサツキくらいじゃ」
「そこまでの太鼓判を」
チカマルを見おろす。
「妬くな。チカマル、お主はまた特別じゃ」
「ありがとうございます」
笑顔を咲かせるチカマルにうなずき、オウシは言った。
「それほどにな、サツキの頭はよく回る。わしがサツキに花を持たせようとしたことは伝わった。いや、今日のどこかでとうに気づいていた。たぶんな」
「はい」
「わしら鷹不二の助力によって士衛組が人気を得れば、士衛組は頭が上がらなくなるのはわかるな」
「それが前提のお助けでございますゆえ」
「そうじゃ。そのためにわしらは今日、士衛組に協力した。サツキもそこまでは読み解けていた。しかし、わしがスサノオを相手にしていることは知っていても、その意味までは解していなかったようじゃな」
「あの様子だと、そうでございましょう」
「スサノオはとんでもない男じゃ。カリスマ性とかスター性とか、そういうのが飛び抜けている」
「いえ、それはオウシ様も」
「で、あるか。しかし、今は褒めんでよい」
「失礼しました」
「いや。それでそのスサノオ。そんなスサノオゆえ、感覚で敵の場所まで行ける鼻を持っているし、あいつは一人ですべてを片づける力もある。それゆえ、あれは今回のことにミナトやサツキが関わっているとわかり、電光石火で終わらせるところじゃった」
「そこがスサノオ様の凄まじさでございますね」
「あいつも鼻が利く。ゆえにサツキを気に入った。サツキとミナト、二人のためならすぐにも動いてすべてを解決するじゃろう。そこに、打算はない。あとから計算がついてくるタイプじゃ。リョウメイのような特殊な参謀もいるから、士衛組が後々、新戦国時代の群雄割拠の中、頭角を現すことになるのは見えていようし、その士衛組を味方につけるための布石を打っておきたいと思うのは必定」
「はい」
「士衛組を将来的に味方にしたいのは鷹不二も碓氷も同じ。わしの予想では、新戦国時代の統一をかけた最後の戦いは鷹不二と碓氷になる。そのとき、必ず士衛組の存在が響いてくる。どちらがその駒を手に入れるかは、大きな問題になってゆく」
「なるほど」
「であれば、その楔を打ち込むのは今が最大の好機じゃ。スサノオが電光石火で事件解決などしてみろ。鷹不二の出番がないばかりか、士衛組の価値も下がる。目立つのはあいつだけじゃ。が、そのスサノオを抑えれば、あれにいいとこ取りをされずに済む上、阻止した恩まで売りつけられて、サツキを華々しい舞台にのぼらせられる。何重にもうまい。結果、士衛組が碓氷より鷹不二に恩を感じることとなり、友好関係を強めるための楔を打ち込む計略は完了する」
「そこまでは、スサノオ様も考えていなかったようで」
「さっきも言ったように、あれはあとから計算が入る」
「で、ございましたね」
「サツキは、新戦国時代の戦力図に風穴を開ける存在じゃ。サツキの我慢強さと粘り強さはおそらく天下一品。生一本な義理堅さなどの気質からも、先に絆を深めておかねばならん。もしここでスサノオに先んじられてはもう二度と味方にはできなくなってしまう。ゆえに、恩義と心情からも鷹不二と結んでおこうと今日この時に思わせなければならないというのが、わしの政略だったわけじゃが、どうやらある程度はうまくいったとみえる」
「はい。サツキ様の表情は、すべてを理解したからこそのものかと。わざわざサツキ様に挨拶をされたのも、そのためでございましたか」
「これも、サツキが優れた軍略家であり政治家であるとみてのこと。思った通りであった」
「おそらく、スサノオ様との対決の意味も、ほとんどの者が気づかなかったのでないかと」
「で、あるか。確かに、そうかもしれん。ひーさんも読んでそこまでじゃ」
「といいますと、まだほかにも?」
いつもはオウシの話にうなずくばかりで聞き役に徹するチカマルだが、つい疑問を呈した。
「極めつけはな、士衛組を味方にすれば、アルブレア王国との国交ができる」
「あ」
「天下を取ったあとの経済・国防などにも通じる。アルブレア王国の姫二人が士衛組にはいるというのも、見逃せないポイントであった」
「そんな先まで考えておりましたか」
「しかし――」
オウシは遠くを見据える。




