300 『アサインメントリスク』
メフィストフェレスの提案は、驚くべきものだった。
あの『悪魔』が生成できる《賢者ノ石》。
それを左目に埋め込んでくれる以上のことであり、
すなわち――
能力の一部の譲渡なのである。
「そんなこと、できるんですか?」
「どうかな? ボクにもわからない。ボクがそんな実験をしてみたいのさ。もしかしたら、キミにボクの力を流し込むことは人格に影響を与えるかもしれないし、生命にも影響を与えるかもしれない。前よりもリスクが上がる」
「笑えない話ですね」
楽しそうにニヤニヤするメフィストフェレスに、サツキはそう返す。
「城那皐。キミはどうする? ボクの提案を受けるかい?」
サツキは少し考える。
――リスクはある。この『悪魔』は俺を悪いようにはしないと思うが、なんらかの影響は生じるだろうな。ただ……本当は先生に相談したいが、結論はこの場で出そう。俺の答えは決まっているのだから。
口を開く。
「お断りします」
「ほう」
「それでいい」
メフィストフェレスとファウスティーノはそれぞれに反応を示し、ルーチェはあえてなにも言わない。
「なぜ?」
疑問を呈するメフィストフェレス。
「あなたの、オリジナルの力は、《賢者ノ石》を生成する力です。それは俺の左目も学習しました。完全ではありませんけど、俺の左目は復活できる」
「それだけじゃない」
「はい。その《賢者ノ石》を他者に与える力も、あなたのオリジナルの力です。与えるとは言わずとも、それを使って治療することもできる。戦場でこれができれば大きなメリットだ。しかし、簡単にそこまでできるようにはならないでしょう。そして、別のリスクがつくはずです」
「良い条件だと思ったんだけどねえ。仕方ない。ボクはすっかり諦めるよ。もうキミに余計なことはしない。また《賢者ノ石》を与えることもしない」
「はい」
「でもさ、おしゃべりはしようよ。ボクもいろいろ話したいことがあって、あれこれ考えていたんだ」
「わかりました。でも、今からまたマノーラ騎士団の手伝いに戻ります。治していただいたばかりですが、やれることはやらないと」
メフィストフェレスは目を閉じて微笑した。
「残念。わかった、またね。またいろいろ話をしよう。ボクはキミとの会話をなによりの楽しみに待つよ」
「はい。ありがとうございました」
サツキはメフィストフェレスとファウスティーノにお礼を述べ、ルーチェに向き直った。
「それでは行きましょう」
「かしこまりました。ファウスティーノ様、メフィストフェレス様。このたびはありがとうございました。また治療が必要な患者がいればお連れします。それでは一旦失礼いたします。《出没自在》、リラ様」
一礼し、サツキに触れてルーチェは消えた。
サツキと共にリラのところへとワープしたのである。
残ったモルグの中で、メフィストフェレスはぼやいた。
「あーあ。乗ってくれると思ったんだけどね」
「警戒もするだろう。当然なのだ。メフィストフェレス、なにをしようとした?」
「彼にボクの力の一部を譲渡する代わりにさ、ボク自身の一部もいっしょに譲渡しようとしただけさ。別に人格を乗っ取るとかそんなことはしないし、彼を通して世界を見られるようにできたらいいなと思ったんだ。断られたけど」
それがリスク。
『悪魔』の力を一部受け取る代償というわけだ。
「それをすれば、メフィストフェレス、貴様自身にも影響が出るやもしれない。永遠とも言える貴様の命にも関わる可能性だってあったはずだ。そこまでして、世界が見たいか?」
「ああ。でも、今はその時じゃないらしい。だから今はただ、また彼がやってくるのを楽しみにしておくよ」
メフィストフェレスは肩をすくめ、ぽつりとつぶやく。
「ボクの誘いを断ったんだ。その分、キミはボクを驚かせてくれよ?」




