298 『メディカルチェック』
「派手にやったものだ」
ひとりごち、ファウスティーノは嘆息する。
「呆れてものも言えないのだ」
「言ってるじゃないか、ファウスティーノ」
横で茶化すように言うのは、もちろん『悪魔』メフィストフェレスである。
なにがおかしいのかずっと楽しげなメフィストフェレスだが、その笑顔の理由はサツキだった。
「黙っていろ、メフィストフェレス」
「いやいや。黙っているなんてボクには耐えられない。せっかくボクの暇を打ち消してくれる神の使いが訪れたというのに、キミは随分と酷なことを言うじゃないか、ファウスティーノ」
「『悪魔』が神の使いなどと」
「言葉の綾というものだよ。そんなことはいい、それよりもボクはキミと話がしたい。城那皐」
「診断の邪魔なのだ」
二人が言い合っているので、サツキは口をつぐむばかりである。
ファウスティーノはメフィストフェレスを無視すると、サツキに言った。
「さて、診断の結果だが」
「はい」
「思ったよりは良好。ただ、左腕だけは治療する必要がある。それもすぐに終わるだろう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「この部屋に椅子などない。そこに、仰向けになるのだ」
言われた通り、サツキはテーブルに寝た。
さっそく、ファウスティーノは左腕の治療を開始する。
よっぽど呆れているのだろう、さっきも「呆れてものも言えないのだ」と言いながらも、今も「なんて無茶ばかり……あり得ないのだ」とぼやいている。
それを聞くと、サツキは申し訳なくなった。
一方で。
ククッと、メフィストフェレスが笑った。
「しかしまさかだったよ。ボクが言ったことは覚えているかい?」
「なんでしょう……」
メフィストフェレスに言われたことなどいくらでもある。どれを指しているのかがわからなかった。
ここからは、治療中のファウスティーノに代わってメフィストフェレスがおしゃべりの相手をしてくれるらしい。
「最初にボクがキミに与えた《賢者ノ石》は、使い切りの道具と同じだ。そう言った」
「言いましたね」
「また、こうも言った。今度のは前よりも効き目が強い、と。そしてそれは、コントロールできるようにはなれないかもしれない」
「今度キミに与えるとなれば、ボクは今回の研究成果によりもっと素晴らしい半永久的な輝きを与えられる。そうも言いましたか」
「そうだ。そう言ったんだ。それがどうだ。今のその目は」
おかしそうに笑うメフィストフェレス。それは嘲笑だろうか。いや、悪意は感じられない。
「自分でも驚いています。半永久的な輝きを、一日で使い切ってしまうなんて。それだけ、戦った相手も強かったということでもありましたけど」
「違う」
ニヤニヤしながら、メフィストフェレスは首を横に振る。
「違うだろう?」
「俺の戦い方が不味かったのも認めます」
「そうじゃないだろう。そうじゃないんだよ。そうじゃないとわからないかい? いや、わかる。わかっている。うっすらと気づいているはずだ。キミはあれを使い切ってなどいない」
「……」
「より正確に言えば。コントロール下に置けるようになった。否、なりかけている、が正しいんじゃないかな? ねえ」
ズバリ指摘されて、サツキは端然と答える。
「確信はありませんでした。でも、あなたに言われてそういうことかと納得した」
「うん。つまり、それは?」
「俺の左目に、使い切ったと思ったはずの魔力がまだ残っていた。それもただ残っていたのではなく、新たに生成した魔力が残ったと思われる」
「そう。そうだね。キミはその左目に、《賢者ノ石》を馴染ませたわけだ。その力を自分のものとして行使できるようになってきているんだよ。きっと、ボクが次の《賢者ノ石》を埋め込まずとも、キミはオリジナルに近い力を左目に宿せるようになる。そう推察されるわけだ」
あごに親指と人差し指をやって、メフィストフェレスは顔をゆがめた。




