297 『ホワイトアンドレッド』
マノーラ騎士団と共に事後処理をしていたが。
すべてが片づく前なのに、サツキは玄内に言われる。
「おまえはそろそろ切り上げろ」
「まだ終わってないのに、どうしてですか」
「馬鹿野郎。怪我を治すのが先決だってことだ」
師の玄内の言葉は、サツキにとってはよほどのことがない限り従うべきだと思っている。今もそうするのがいいと判断する。
「安静にしていればいいですか?」
「いや」
玄内が否定すると、ルーチェがニコリとして言った。
「ワタクシがファウスティーノ様の元へお連れ致します」
「ファウスティーノさんの」
闇医者。
天才的な腕を持つ彼は、『神ノ手』と称されている。
そんな彼には、『悪魔』メフィストフェレスを召喚する力があり、その『悪魔』によってサツキは《賢者ノ石》を左目に埋め込まれた。この目が異常なほどの自己治癒能力をもたらし、この日だけでも何度か助けられたことだろうか。
「でも、いいんですか?」
「はい。玄内様やルカ様も素晴らしいお医者様ですが、お忙しいお二人と違ってファウスティーノ様は時間に余裕があります」
「暇人みたいに言うのね」
横からヒナが口を挟むが、ルーチェは笑顔を崩さず、
「いいえ。あらかじめ、お兄様がファウスティーノ様に時間をつくるよう言っておいたみたいでして」
「なるほどね。どうせサツキがまた怪我して治療が必要になるって、レオーネさんは計算してたってことね」
「さすがだなァ」
ヒナとミナトがおかしそうに笑うので、サツキはこの同級生二人に言い返す。
「なんで俺限定なんだ。《賢者ノ石》が左目にある俺以外の人たちを考えてのことだと思うぞ。敵味方、双方の怪我人を治療できるようにな」
「もっともらしく言うけど、その《賢者ノ石》まで使い果たして敵味方すべて合わせて一番大怪我を負って終わったのはサツキじゃない」
「おとなしくレオーネさんの計画性に感謝したほうがいいぜ、サツキ」
これにはサツキもぐうの音も出なかった。
「感謝はしてる。じゃあ、行ってくるけど、ほかにいっしょに診てもらう人はいるか?」
サツキがこの場にいる人たちに尋ねる。
みんなが自分は大丈夫だと感じ周りを見回す。
「僕らは平気みたいだね」
玄内が腕組みして。
「だな。サツキ一人で行ってこい。またルカが同行してもいいが、一人で大丈夫だろ」
「ワタクシもついていますから」
ルーチェもそう言うので、ルカもあえてサツキについて行くとは言わなかった。
結果、サツキが「わかりました」と返事をして、同行者はルーチェだけで、ファウスティーノの元へと飛んだ。
モルグ。
ファウスティーノの治療室でもあり、そこは日の光も射さない部屋だった。
ルーチェの《出没自在》でここまで一瞬で移動すると、ファウスティーノはもう待ってくれていた。
隣には、『悪魔』メフィストフェレスもいる。
「こんなに早く会いに来てくれるなんて嬉しいよ。話したいことは山ほどあるけど、どこから話そうか?」
最初に口を開いたのは、メフィストフェレスだった。
真っ先にルーチェが答える。
「状況はリディオちゃんから聞いてご存知かと思います。手順はファウスティーノ様にお任せしますよ」
「では、さっそく診断するのだ」
針金のように細長いファウスティーノは、白衣をまとうことで骨のように見える。健康的に見えない様など、医者の不養生を思わせるが、この人の腕はサツキもよく知っている。
「お願いします」
「もちろん、ボクも診せてもらおう。そしてもちろん、ボクのそれは診察なんてものじゃないけどね」
メフィストフェレスはそう言って冷笑した。
白衣に身を包んだ真っ白な『闇医者』ファウスティーノに対して、『悪魔』メフィストフェレスは血に染まったように真っ赤な衣服をまとっている。
実に対照的な印象の二人だった。
「ルーチェさんはどうされるんですか?」
サツキが問うと、ルーチェはにこりと返事をする。
「ワタクシは待機しております」
「すみません」
「いいえ。だれか一人でも、側で心配してくれる人がいると、安心しますでしょう?」
優しい笑顔でそんなことを言ってくれて、ついていてくれるルーチェには本当に感謝の思いだった。なんと心にも寄り添ってくれるメイドだろうか。
「ありがとうございます」
少し照れくさいがお礼を述べると、またニコッと微笑みかけてくれた。
――ありがたい。でも、リディオが直接ファウスティーノさんから報告を受ける以外にも、ルーチェさんの口からも見たままの情報が欲しいとか、『ASTRA』側にも狙いはあるだろう。
ファウスティーノは促す。
「まずはマントを脱いで身体を見せてみるのだ」