296 『アプリシエイト』
「サツキ。簡単に話を聞かせろ」
玄内に言われて、サツキは相手の魔法や戦闘の様子などをいろいろと報告していった。
話が終わると、玄内は「なるほどな」とつぶやき、考えにふける。
魔法の性質や使い方など、吟味することがあるのだろう。
サツキたちはそのあともマノーラ騎士団と協力して事後処理に当たり、マノーラ騎士団の基地に到着する。
その間も、アシュリーはずっとサツキを気にかけてくれていた。
「あ、サツキくん。段差があるから気をつけてね」
「そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」
たった一つしか違わないのに、本当にお姉さんみたいだ。アシュリーなりに責任を感じているのとは違うのかもしれないが、ありがたいことである。
基地に到着して、中に入ると。
そこには、アシュリーの兄・サンティがいた。
「お兄ちゃん……」
アシュリーは兄の姿にいち早く気づくと、声を漏らす。
だが、駆け出そうとして、一度足を止めた。
たった数メートルを詰めるのが怖いのかもしれない。
――前回、最後にグローブで触れて魔法は解除した。魔力反応も……大丈夫。やっぱり元に戻ってる。
サンティはコロッセオの参加者としてこのマノーラに来たのだが、試合当日、失踪してしまった。何者かによって連れ去られたというのが大方の見解だった。
それは当たっていた。
サヴェッリ・ファミリーに攫われていた。
そして今日、『洗礼者』ヨセファによって操られていたときに、アシュリーはサンティに遭遇してしまったのだ。
ずっと助けたいと願っていたたったひとりの家族が、人格を奪われ操られ自分に襲いかかってきた。
そんな恐怖が思い出されたのかもしれない。魔法を解除したのはアシュリーも知っているから、その追憶がアシュリーを怯えさせたのだろう。
そう思って、サツキは大丈夫だと声をかけようとした。
が。
アシュリーは、サンティが振り返ってこちらを見ると同時に、駆け出した。たったの数メートルを駆けて、サンティに抱きついた。
「お兄ちゃん!」
「おっと。アシュリー」
サンティはいきなり飛びついてきた妹に驚いている。
「どうしたんだ。て、まずは謝らないとな。ごめんな、アシュリー。おれ操られて、おまえを攻撃しようとしてたんだって聞いた。怖い思いをさせたよな」
「ううん」
兄の胸に顔を埋め、首を横に振って否定する。
「よかった。お兄ちゃんが無事で、よかったよ。うぅ……う、うあああああん! お兄ちゃん……お兄ちゃんっ……!」
だれにも言えずにため込んでいた感情を吐き出すように、アシュリーは大声で泣いて、サンティの腕に抱かれるのだった。
サツキはその様子を見ながら思う。
――目を見た瞬間、わかったんだな。元のサンティさんに戻ってるって。それに……俺にはお姉さんらしくしていたけど、やっぱり、ずっと気を張っていたんだよな。
ずっと張り詰めていた糸が切れたみたいに大泣きするアシュリー。
無理もない。
両親も失って今の彼女にとってたったひとりの家族である兄がいなくなり、あんな大変な目に遭っていると知って、治ったかもわからないままで、心配で仕方がなかったのだ。
サツキの前では、年上だからか、だれかに弱さを見せたら崩れてしまうからか、どちらかはわからないが、平静を装っていた。装っていただけで、本当に平気であるはずがない。
「サツキくん」
アシュリーが泣き疲れて落ち着いてきたところで、サンティはそんな妹の頭にぽんと手をやって、サツキに呼びかけた。
「はい」
「本当にありがとうございました。どんなに感謝をしても足りない。キミがいてくれてよかった」
「ありがとう、サツキくん」
泣き声混じりにアシュリーもお礼を口にする。
優しい顔のサンティを見ると、サツキは一つ大事なことをやり遂げたのだと実感できた。それにあんなに安心して嬉しそうなアシュリーを見たらなおさらだ。無茶をしてみんなを心配させてしまったけど、これでよかったと思えたのだった。
「俺たちは士衛組ですから。やるべきことをしただけです」