287 『ホールドアーム』
ヴィアケルサス大聖堂。
三階。
サツキとミナトが待つそこに、階下からクコたちがやってきた。
ちょうどリディオとの通信も終わり、みんなの到着をその場に座ったまま待つ。
立ち上がろうとしたところで、ミナトが手を差し出した。
「座っていればいいのに」
「いつまでも座っていられないだろ。戦後処理があるんだ」
階段を駆け上がってきたクコたちだが。
ヒヨクとツキヒは、ヒヨクが親指を立ててツキヒはノーリアクション。
クコが先頭を走り、ヒナと参番隊がそれに続く。
「サツキ様ー!」
「やったのね!? サツキ! ミナト!」
先に状況を把握したヒヨクとツキヒに対して、クコは走りながらサツキの無事を見て手を振り、ヒナは《兎ノ耳》で敵の音が消えていることに気づいていたからその確認で聞いた。
参番隊隊長のリラは報告する。
「こちらもみんな無事ですよ」
「よ、よかったよ……っ」
「……」
ナズナは空を飛びながら胸を撫で下ろす。
チナミはくノ一よろしく軽やかな身のこなしで跳ねるように移動し、クコたちの一足先にサツキの前に到着する。無言でサツキを上から下まで見たあと、
「必勝、ですよね」
「うむ。士衛組はどんな時も勝たなければならない」
「でも、またボロボロになってる」
「強敵だった」
「心配する身にもなってください」
マントで傷ついた腕も隠しているし、顔以外はどれだけ傷だらけになったかわからないはずなのに、チナミにはなんとなくわかるらしい。
「いや、大丈夫だぞ」
「……」
ペタペタと、マントの上からサツキの身体に小さな手で触っていって、左腕に触れたところで、じぃっとサツキを見上げる。サツキの顔が痛みでわずかに引きつったのを見逃さなかった。
「……」
「次から気をつける」
「はい」
チナミはサツキの左側から抱きつく。
そのすぐあと、追いついてきたクコがサツキに飛びついた。ぎゅっと抱きつき、
「何度も爆発した音が聞こえてきて、ずっと気が気でなかったんです! どんな目に遭ったのか不安で不安で! 本当に無事でよかったですー!」
なるほど、とサツキは理解する。
――俺の左腕に気づいて、クコが俺に抱きついてくることを読んで、左腕を固定するためにチナミはこっち側から腕を回してきてくれたってことか。
さすがは将棋の達人、元『将軍家の指南番』海老川智寛の娘。
読みは見事的中だ。
身体が小さいから顔が肩にも届かないが、それより下をがっちりホールドしているから腕への刺激をちゃんと抑えてくれている。
「クコは大げさなのよ! ただ、本当にただの無事って感じでもないでしょ! 見るからに疲れ切ってるじゃない!」
ヒナのツッコミも冴えていて、クコを引き剥がした。
まだチナミはサツキにくっついたままで、ヒナに「チナミちゃん、そんなに心配だったの?」と聞かれている。
「ジェラルド騎士団長と戦って、すでにボロボロでしたから」
「いいのよ。どうせ、《賢者ノ石》があるんだから」
「それなら、これは」
それなら、これは治らない。少し待てば治る、というわけじゃない。チナミがサツキの瞳を覗き込むと、サツキはまた決まり悪く苦笑した。
「激戦だったんだ。それで、使い果たしたらしい」
はあ、とチナミはため息をつく。
「仕方ないですね。医者に診せるまで、もう少しこうしていてあげます」
「次に大怪我したら終わりじゃない。サツキ、あんたホントすぐ無理するんだから。気をつけなさいよね」
「ああ、チナミにも言われたばかりだ」
「それに比べて、ミナトはまた傷一つないし、返り血もないし、服も綺麗だし。あんたホントに戦ったの? ただぼーっと見てたんじゃあないでしょうね!?」
「いやだなあ。僕も戦ったよ。最優秀賞はサツキだけど、僕も功労賞くらいはもらえるくらいには斬ったぜ」
大量のアンデッドに加え、ドラゴンやグリフォンまで斬ったのだ。サツキからすれば、マルチャーノを倒すためのお膳立ても含めて、ミナトが最優秀賞な気がする。
そんな話をしていると。
「サツキさん、ミナトさん、お疲れさまでした」
にこっとナズナが笑顔を見せて二人を労う。リラの走るペースに合わせて少しゆっくり飛んできたのだ。
リラは呼吸を整え、サツキが平気そうに話しているのを見てホッと息をつく。そして微苦笑を浮かべた。
「大変な一日でしたね」




