284 『フルパワーフィスト』
勝利を目の前に、サツキは歯を食いしばる。
――まだかっ! 最大火力の一撃だったのに! この一撃勝負を制したのは俺だけど、仕留められなかった! だったら、もう一回だ!
サツキはまた右手を引いて、拳を突き出した。
それに対して。
マルチャーノは《オールカウンター》を貫かれて、驚愕していた。
――なんだと! 《波動》とは、それほど凄まじく特殊なものなのか! 《オールカウンター》でグローブを破ることはできたが、《波動》はその限りではなかったということか! ますます……ますます欲しくなったぞ! その力!
左の拳が骨まで砕かれてなお、マルチャーノは驚きと共に喜びに満ちていた。
それだけじゃない。
即、対策も施していた。
――本当は《オールカウンター》で誘神湊もこのあと殺してやるつもりだったが、《波動》を相手に余力など残していられないらしい! オレも手加減なしでやってやろう!
次に、別の人間を憑依させる。
《オールカウンター》が効かないなら、別の魔法で迎え撃つしかない。
サツキは休みもせず、怯みもせず、もう拳を引いて繰り出そうとしている。
――魔力の前借りだ! これで、一年分を使う! もうどうなってもいい! 負けて死ぬのだけはあり得ない! これで貴様を殺す! 城那皐ッ!
今、マルチャーノが憑依させた死者の魔法は、魔力をパワーに変換でき、それを前借りできるというものである。
たとえば、これから三日間魔力が使えない代わりに今その魔力をすべて使う、といった具合だ。
一度に大きなパワーを使うにはそれに比例して大きな反動があり、身体への影響を鑑みればせいぜいひと月分。
しかし、マルチャーノはこれを一年分を使った。
あとに控えたミナトも顧みず、全力以上の力でサツキを倒そうとする。
「《砲桜拳》! はああああ!」
「だああああああああああ!」
拳と拳が、再びぶつかり合う。
ただし、今度は右の拳同士。
左の拳を砕かれたマルチャーノに残されたのは右だけで、サツキの右の拳とマルチャーノの右の拳は全力をぶつけ合った。
シンプルな力比べ。
最後の最後は、力の勝負になった。
先の《オールカウンター》で《打ち消す手套》は破れ、サツキも生身の拳になっている。
これは《オールカウンター》が《打ち消す手套》に勝った結果だったのか、それとも拳同士のぶつかり合いが激しく、いくら魔法道具といえど布に過ぎないグローブの耐久力が尽きたのか。どちらだったかはわからない。
だが、今ここに残ったのは互いの拳一つであり、その拳には互いの全力が乗っている。
「オレの勝ちだああああああああああああ!」
マルチャーノが吠える。
拳に乗せたパワーがさらに増した。
ギリッと、サツキは奥歯を噛んだ。
――すごいパワーだ。《静桜練魔》が足りない……。《波動》が足りない。でも、やるしかない!
クコ、リラ、ルカ、バンジョー、ナズナ、チナミ、玄内、フウサイ、ヒナ。そして、ケイトとヴァレン。
最後に、ミナト。
士衛組のみんなの顔が頭をよぎる。
サツキも全部の力を振り絞る。
「うあああああああああああ!」
ふと、左目が再び熱くなるのを感じた。
――左目から、力が……? これならっ……!
振り絞る力などもう気力しかないと思っていた。だが、どうしたわけか左目からは力が溢れる。魔力を蓄積できる《賢者ノ石》も尽きたのに。最後の一滴をここからすくい取ることができた。
その力もすべて拳に乗せて、サツキはマルチャーノにぶつけた。
「ぐああああああ!」
マルチャーノは叫んだ。
ぶつかり合っていた拳が耐えきれなくなり、右の拳は弾かれるように外に開き、そこにサツキの拳はまっすぐ入った。
そして、マルチャーノは砲弾で撃たれたように飛ばされた。
――素晴らしい……素晴らしい才だ……! 城那皐、貴様の中には怪物が住んでいるらしい。誘神湊も神の子かと思うほどの天才だったが、貴様の底知れなさは何度もオレの想像を超えた。永遠にオレの物にしたかった。
サツキへの最終評価を下し、どこか愉悦に浸りながら、マルチャーノは宙を飛ぶ途中で意識を失う。
やがて、マルチャーノは地面に落ちる。
その直前、サツキはマルチャーノが意識を失ったのを魔力反応と合わせて見届けると、力尽きて前のめりに倒れる。
――や、やった……!
その身体を、ミナトが《瞬間移動》でやってきて支える。
「やったね、サツキ」