281 『テイクアロング』
とても楽しそうに、マルチャーノは笑った。
猟奇的なほど楽しそうで。
狂気的なほど楽しそうで。
かつ、冷静だった。
内から出る喜びや驚きの裏に、冷たい論理的思考が通っている。
そんな様子が見て取れた。
今のマルチャーノにも、ミナトは振り返って平然と言った。
「いやだなァ。謙遜するのも野暮なほど的外れなこと、言わないでもらいたい。ジェラルドさんにはサツキがいなかったら勝てなかった。僕ひとりじゃァまだあの域には達しておりません」
「そうか、ジェラルドを倒したのは城那皐の強さもあってか。それでも貴様の剣が天下一品であることは間違いないぞ、誘神湊よ」
「参ったなァ。意味のない会話にしかならないや。勝つか負けるか。それだけだ。そのあとどうするかは勝者の決定のほかに道はない」
「まさしくその通りだ。貴様らが勝てばオレは死に、オレが勝てば貴様らが死ぬ。そういうことだ」
ミナトは微苦笑を浮かべた。
――サツキは人を殺したりなんかしない。あなたが負けても、あなたは死なない。自ら命を絶たない限り、あなたは生きられる。でも、こんなことを言っても意味はない。サツキがどうするか、沙汰をくだすまであなたは死の淵にいるのでしょうから。
改めて、ミナトはサツキに向き直る。
「もう充分みたいだね」
「待たせたな」
「うん。行こう」
うむ、とサツキはミナトにうなずく。
刹那。
ミナトの《瞬間移動》。
サツキの横に現れ、サツキの手首を取った。
手を引いて、走り出す。
二人で駆け出すと。
《瞬間移動》を繰り返し、マルチャーノまでの距離を縮める。
このとき、《打ち消す手套》はサツキの右手とミナトの左手にある。だから、ミナトが左手でサツキに触れれば、サツキの全身を覆う魔力は打ち消され、魔法が使えなくなる。
つまり、溜めていた《波動》の力は消え去る。
だからミナトがサツキの手を取るなら、ミナトが右手でなければならないのだ。
しかしサツキは左腕がボロボロで使えないため、サツキの右腕を取る必要が出てくる。
それなのに、サツキの右手をミナトの左手が引く。
――やっぱり、サツキの《波動》は魔法道具で打ち消すことはできない。サツキとロメオさんの拳のぶつかり合いから予想できたけど……そうなると、この《波動》はオウシさんのそれと同じ代物。
ロメオとの修行中、なんと評されていただろうか。
確か、風船と針に例えられていた。
一般的な魔法は風船のようなもので、ロメオの拳はこれを突き刺す針だと言っていた。
だが、サツキの《波動》は、またあるいはオウシの《波動》は、回転する弾丸だと比喩した。
だから《打ち消す手套》の針では突き刺せない。壊せない。
元の魔法である《打ち消す拳》ですら壊せないものを、模倣品である魔法道具が壊せるはずがない。
――その力があれば、キミはもっと強くなるよ。だから、ここであの人に負けるわけがない。
《瞬間移動》をして。
サツキの手を離すと。
ミナトは一人で《瞬間移動》をして、護衛のアンデッドに斬りかかった。
――さあ。いっておいで、サツキ。僕は先に、あのアンデッドを斬っておくからさ。
そして、サツキはマルチャーノに向かって突き進んだ。