280 『オプティマイゼーション』
「それじゃあ、力を溜めててくれ。《波動》の力をさ」
「ずっと魔力は練ってるが、まだ時間が欲しかったんだ。助かる」
答える代わりに、ミナトはふわりと微笑んだ。
透き通る微笑みは行動開始の合図。
息を吸うことも吐くこともなく。
一つの呼吸すら感じさせず。
ミナトは行動を開始した。
あまりに静かだった。
その行動とは。
《瞬間移動》でその場から消え、抜刀し、斬ること。
ただしその行動は開始からわずか三秒ほどの時間で終わっており、その間、ミナトの姿の剣尖も見えなかった。
いや、サツキの《緋色ノ魔眼》だけがミナトの動線を捉えられた。しかしこの目をもってしてもハッキリと視認できなかった。
アンデッドたちのいる中央で、再びミナトの姿が現れると。
カチン、と刀を鞘に納めた。
そして。
マルチャーノの側に控えていた護衛のアンデッド以外のすべてのアンデッドが一斉に倒れる。
バタバタバタと地に伏せるアンデッドたち。
その数、二十体以上。
グリフォンやワイバーンといった宙を飛んでいたアンデッドも残らず地に落ちた。
目を上げ、ミナトはサツキに言った。
「《波動》は高められたかい?」
「……冗談だろ」
サツキのつぶやきはミナトには聞こえなかったようで、
「ん?」
と小首をかしげていた。
――ここまでたったの五秒くらいで、どうして《静桜練魔》が完全にやれるんだよ。時間稼ぎになってないぞ。強いのは知っていたが、これほどなのか……!
おかしくなって笑いたくなった。
だが、笑っていられる状況ではないし、さっきまでの状況もミナトの判断に間違いはなかった。
――ただ、本当によくやってくれたよ。もし、だれがどんな魔法を使うのか見極めていたら、どこかでだれかの魔法が発動準備を完了させ、どんな危機がミナトに迫るかわからない。だったら、瞬殺が最適解だ。
下手な分析と行動停止は命取りになる。
この多勢に無勢のシチュエーションでは、ミナトの取った行動はもっとも正しく賢いものだったのである。
ミナトは左手にはめた《打ち消す手套》で自分の身体に触れ、少し考えるようにしてうなずく。
「なにかはあったようだが、もう大丈夫みたいだね。便利だなァ、この手袋」
サツキはやや目を細める。
――うむ。ミナトの身体に異常はない。《緋色ノ魔眼》で見ても問題はなさそうだ。倒されることで発動する魔法や近づくことで発動する類いの魔法があったのかもしれないが、それも《打ち消す手套》で打ち消せたようだな。俺の魔力を溜める時間がなかったことなど、ミナトが無事であることに比べたらなんでもない。
実はホッとしている。
この人数を相手に、自分一人ではあまりに厳しい。
またミナトを失ってしまえば、勝てなくなる。
それ以上に、ミナトがすべての敵を引き受けて、まるで肩代わりするように孤軍奮闘して、傷ついてしまったら……。
やりきれない。
自分が傷つくのは別に構わないが、大切な人が傷つくのは耐えられない。
さっきは紙にされただけで怪我もなかったからよかったものの、あの大量の敵の中には明らかに度を超えてヤバイ敵もいるだろうから。
それを思うと、サツキはホッとしてしまったのだ。
「ククク」
一方で。
笑う者があった。
言うまでもない。
マルチャーノ。
彼しかいない。
「クク、クハハハハ! そこまで突き抜けているのか! そこまでぶち抜いているのか! 貴様の剣は! 常軌を逸している! その年で、その体躯で、すでにグランフォードやジェラルドに比肩するのか! 大事に育てて殺して玩具にしようかとも考えていたが、それは不可能。少しでも待ってしまえば、殺すことさえできなくなる。今殺さなければ、オレが殺される。今、殺してやるからな。誘神湊!」