279 『メニーエネミー』
サツキは呆れたように嘆息した。
「まったくだ」
だが、それ以上にホッとしている。
ミナトがいる。相棒がいる。それがどれだけ心強いことなのか、実感する。
ちょっとだけ表情を和らげて、サツキはミナトに目線をやった。
「おかえり、ミナト」
「うん。さあ、やろうか」
瞳にやる気をみなぎらせ、ミナトがマルチャーノに向き直った。
マルチャーノは「フフ」と笑った。
「そうきたか。なかなかどうしてうまくいかないものだな。こうなったら、オレも正面から迎え撃とう。最後は力比べといこうではないか」
バッと腕を開いて、左手の上に髑髏を浮かべる。
「《屍術歌劇》!」
この三階にあるすべての彫刻作品が動き出す。
重々しく立ち上がる彫刻、一歩踏み出す彫刻、剣を抜く彫刻。
その数は二十体以上。
さらに、鷹が三羽、グリフォン、ワイバーンのような竜まで動き始めた。
グリフォンとは、頭が鷲で翼もあり、身体がライオンという空想の生き物である。
また、ワイバーンはドラゴンの頭にコウモリのような羽を持ち、鷲のような足がついていて、尻尾はヘビのような空想上の竜の一種とされる。
そんな普通じゃない敵の数々に、サツキは表情を引き締めた。
「あの鷹やグリフォン、ワイバーンも魔法を使ってくるかもしれない」
「だねえ。しかし神龍島でも竜がいたものだけど、あんなドラゴンもいたんだね。いたから、死者として操れるわけで」
「この魔法世界なら、いておかしくないさ。人工的に創られた生物の可能性もあるしな」
魔獣もいて、妖怪もいる。そんな魔法世界になら、グリフォンやワイバーンがいてもおかしくなかった。もっと言えば、そうした生物を生み出す魔法を使える人が、これまで一人でもいれば、空想生物は過去に存在し得たのだ。その手の生命体は必ず魔力的影響を受けているため、特殊な攻撃をしてくる可能性は高いとみていい。
「それ以外の人たちも、どんな魔法を使ってくるかわからない。慎重にいきたいところだが、多勢に無勢、そんな余裕もない」
彫刻作品たちが動き出し、緊張感が高まる中でも、ミナトはいつもの透明な笑顔を見せる。
「あはは。わかってるさ。そいつは言うまでもないことだぜ」
「俺たちはマルチャーノさんへと向かって突き進み、それを阻む敵は払いのけねばならない。作戦はない。方針もそれだけ。狙いはマルチャーノさんただ一人。やれるか?」
「同じ轍は踏まない。そのために、あえてすぐ速攻を仕掛けることはしなかった」
もし、即《瞬間移動》してマルチャーノの背後に現れ、《打ち消す手套》を装着した左手でマルチャーノに触れて右手に刀を持って突き刺せば、一瞬で勝負はついたかもしれない。
しかしそうしなかったのは、初手の《瞬間移動》も用心棒のアンデッドに防がれ、さっきも不意を突かれて紙にされたからだ。
「でも、攻める時は攻めないとね。そうと決まれば、僕はサツキに託そうと思うよ。サツキが片をつけないと」
「俺が……うむ、わかった」
彫刻作品の姿で時を持っていたアンデッドたちが、サツキとミナトのほうへと動き出している。
ミナトは一歩前に進み出て、サツキを振り返った。
「最後の戦いだ。覚悟はいいかい?」
「ああ」