278 『ミナトリリース』
サツキはさっきの戦闘工程を顧みる。
「また、この銃弾はその性質上、軽さの影響を受けている。ヘリウム化させるその魔力は、圧縮していようがまだ変化する前だろうが、速度にも影響を及ぼす。つまり、この銃弾は遅い」
「そうだ」
「遅いのはデメリットでしかない。本来ならそれを計算して狙いをつける。俺の衝撃波と速度勝負しても五分五分。とか、そんなことを考えるのが関の山。でもあなたは違った。少し遅いあの銃弾に慣れさせて、ここぞというタイミングで普通の……速い銃弾を撃った。これに対応するのは至難の業だとわかって、あえてずっとあの遅さで撃ち続けた。俺にはその銃弾じゃなくてもよかったのに、あえて。巧妙な戦術ですね」
マルチャーノは冷笑した。
「だが、貴様はそれすらよけた。傷は負ったが、よけてみせた。貴様のほうこそ見事だったぞ」
褒められても嬉しくなどなかった。
してやられた悔しさしかない。
――よく人間心理を理解している。人間通にして、策略家だ。圧倒的な武力を持つジェラルド騎士団長とはまったく違う強さだ。こっちは早くミナトを元に戻さないといけないのに。ミナトが戻らないと、じわじわ削られて、厳しくなるのに。ミナトに手が届かないなんて。
今ジャンプしても、ミナトまでは届かない。
手が届くチャンスは、あの一度しかなかったのだ。
無傷のマルチャーノに対して、サツキは左腕が肩から動かせないほどのダメージで、銃弾をよけるのにも支障が出るくらいである。
――どうやってミナトを元に戻せばいい……。俺が直接触れることでしか、解除はできないのに……。直接……? 直接じゃ、ない。《打ち消す手套》が触れればいいんだ。
持ち主がサツキじゃなくてもいい。
前日の試合では、ミナトに《打ち消す手套》の片方を渡して、ミナトが使っていたのだ。
魔法道具には特別な条件で使用者を選定する場合を除けば、基本的にはだれでも扱えるものばかりで、《打ち消す手套》も例外ではない。
――このグローブを、どうにかしてミナトに当てればいい。そうだ、それだけでいい。
サツキはそこまで考えると。
左のグローブを外した。
――どのみち、左腕はもう使い物にならない。
その光景を見て、マルチャーノが聞いた。
「どうした?」
「いえ。俺の左腕、もうまともに動かなくなってきていて」
「だろうな。それだけの痛みを、なんでもないような顔で耐えてそこに立っているだけで、貴様はよくやっている」
「だから」
と。
グローブを、右手で上に放った。
そのまま右手のひらを上にしたまま、
「こうやって、うまく使ってくれるやつに渡そうかと思って」
衝撃波が手のひらから放たれ、上空にいるミナトへと飛んでいった。
マルチャーノが銃を構えたときには、もうミナトに《打ち消す手套》はぶつかって、紙化が解除されたあとで。
ミナトは《瞬間移動》で真下に降りた。
隣にはサツキがいる。
「おまたせ。サツキ。悪かったね、僕がうっかりしていたせいで」
そう言って、ミナトは左手に《打ち消す手套》を装着した。




