276 『ノットボム』
サツキはミナトへ向かって駆け出した。
それを簡単にさせてくれるマルチャーノではない。
マルチャーノはナイフを投げた。
「フン!」
ナイフには、傷がある。
爆弾だ。
傷は導火線になっており、魔力が走っている。その傷が徐々に消えてなくなったとき、爆発する。
《緋色ノ魔眼》はそれを見逃さない。
――傷……爆弾か。だが、マルチャーノさんが憑依させたのはまた別の人間かもしれない。爆弾は前もって仕込んでおける。ミナトへの進路を塞ぐには遠距離攻撃できる魔法が適しているが、これでいくとも限らない。
あえて爆弾を最初に見せて、ほかの魔法を使ってくる可能性がある。
ナイフなどよけてしまえばいいが、サツキの目はナイフを捉えるくらいなんでもない。
飛んで来たナイフをよけることも刀で弾き返すこともせず、タイミングを見て手でつかんだ。
手にすることで、《打ち消す手套》が発動。
魔法効果を打ち消す。
これによって、ナイフの爆発はなくなる。
このあとミナトに近づけばなおさら、紙状になってしまったミナトのそばで爆発などさせられない。
すべて打ち消すのが得策なのだ。
ただし、あの鉱物のように硬く重たい拳で殴られて骨も砕かれ傷ついた左腕はまともに使えない。
ミナトまでの距離はまだ三十メートルほどある。
続く攻撃は、意外にもナイフだった。
ナイフが三本、四本、五本と飛んでくる。
それら全部を右手でキャッチして爆発を防ぎ、ミナトへと走り続ける。
――いつ、仕掛けてくる?
まさかこのまま爆弾だけを使うわけでもないだろう。
だが、これほどの数を仕込むには時間がなかったようにも思えてくる。
――本当に……爆弾化の魔法を、今使っているのか? それとも、これらのナイフ爆弾は俺が効果を打ち消さずとも、しばらくは爆発もしないのか?
いろいろと考えてしまう。
そんな中、マルチャーノはまたナイフを投げた。
しかしそのナイフは、ミナトへと向かっている。
ミナトを狙ったナイフ爆弾だった。
サツキは足を止め、手のひらを向け、《波動》を放つ。この反動で体勢を崩さないための急ストップである。
「はああッ!」
衝撃波が飛んで、ナイフを吹き飛ばす。
また走り出す。
次にマルチャーノが仕掛けてきたのは、銃だった。
銃口をミナトに向ける。
紙状になったミナトがこれによってどれほどのダメージを受けるのか。死んでしまわないか。
――撃つのか? だってマルチャーノさんはミナトの戦闘能力を高く評価している。殺すにはまだ惜しいはずだ。いや、そうじゃない! そうじゃないことをしようとしている!
サツキの《緋色ノ魔眼》は見た。
――銃弾に魔力反応。つまり、魔法による攻撃。あるいは攻撃ですらないかもしれないが……させるか!
マルチャーノが銃弾を撃った。
ほぼ同時に、いや少しだけ早く、サツキは《波動》を放った。
「はあッ!」
一応、衝撃波のスピードは銃弾よりも遅い。だが、先に動いたことで衝撃波が先に届いた。
ミナトが衝撃波でふわりと舞って、銃弾は通り過ぎる。
――時間で爆発しない。ということは、今憑依させているのは爆弾化の魔法じゃない! だが、あれはどんな魔法効果を持っているんだ?