275 『アローンバトル』
自分はどうなってもいいと思っていた。
自分だけはどうなっても構わなかった。
辛くとも。
痛くとも。
苦しくとも。
自分が傷つくくらいなんでもなかった。
クコが目の前にいなければ、泣かせずに済む。
クコを泣かせないで済むならそれでよかった。
いや、クコだけじゃない。
リラが目の前にいなければ、無力感を覚えさせずに済み……
ルカが目の前にいなければ、この役を肩代わりしようとさせずに済み……
バンジョーが目の前にいなければ、無理に笑顔を作らせずに済み……
玄内が目の前にいなければ、叱らせずに済み……
ナズナが目の前にいなければ、勇気が振り絞らせずに済み……
チナミが目の前にいなければ、余計なことを考えさせずに済み……
ヒナが目の前にいなければ、怒らせずに済む……。
だから、みんながいないところで戦えるこの勝負は、捨て身の覚悟で挑むことができた。
だから、何度ボロボロになっても捨て身で戦ってこられた。
またみんなの前に出るとき、《賢者ノ石》で治っていれば、なんでもないフリができると思っていたのだが……。
その《賢者ノ石》が、果ててしまった。
力が尽きてしまった。
圧倒的なアドバンテージを失ってしまった。
弱さを精神力と諦めの悪さで補えるレアアイテムが、使えなくなってしまった。
こうなったら、傷つけばあとにはなにも残らない。
腕も右半身も、足や左半身だってそうだ、爆破されたり壊されればそのまま失ってしまう。勝手に回復などしてくれない。
すぐに医者、《神ノ手》ファウスティーノの元へ連れて行ってくれる人もいないから、あとで治せる保証すらなくなってくる。
それは。
ボロボロで瀕死のサツキを士衛組のみんなに見せることになり、できるならしたくないことだった。
だから。
結局……
ミナトの力に頼るしかない。
本当はまたいつもみたいにミナトに頼り切って戦いたくはなかったが、
本当は今回こそミナトに戦えるところを見せてやりたかったが、
何度傷ついても立ち向かえる状態じゃなくなったのなら、これ以上はわがままじゃなくエゴになる。
最悪、ずっと影に待機してくれているフウサイがなんとかしてくれるだろう。
エゴと見栄で孤軍奮闘して、最後にフウサイに解決してもらったんじゃ格好がつかない。そんなことでは成長も望めない。強くなどなれない。
それなら、ミナトと力を合わせて戦うしかない。
自分一人じゃなんとかできなかった今、頼る相手は相棒しかいない。
一人で戦うのもミナトの紙化を解除するのも、左腕がボロボロのままでは厳しいけど、なんとしてもミナトを元に戻す決意ができた。
あとは行動だけだ。
サツキはマルチャーノに宣言した。
「もう充分に見せてもらったので。あとはミナトを復活させます。そして、二人であなたに勝ちます」
「フ。フハハ!」
マルチャーノは笑い出すと。
表情を改め、髑髏を左手に。
「宣言すればオレにそれを阻まれやすくなる。それなのに宣言したのは、すぐに狙いを気づかれるから。どっちみち同じだから。ああ、その通り、オレは誘神湊の復活を許さない」
またか、とサツキは思った。
――また、別の人間を憑依させたのか。
それがだれなのか、魔法を使うまではわからない。
表面に滲む人格さえ利用しきるマルチャーノに、甘い観測は許されない。
魔力反応から読み取れたのは別人を憑依されたその変化だけ。
ここからは速攻だ。
「ミナト、今助ける」
いや。
違う。
――助けてくれ。
力を貸してくれ。




