274 『ユーズアップ』
左目が熱い。
熱い。
熱すぎる。
燃えるように熱い。
痛いほどに熱かった。
が。
今は、左目が冷えていくのを感じる。
まだ、左腕は治っていないのに。
まだまだ、この力に頼っていたかったのに。
もう、左目は冷え切っていた。
――終わり……? 本当に、もう終わりなのか?
愕然とした。
サツキの左目に埋め込まれた《賢者ノ石》は、不思議な力を持っている。肉体の損傷があればそれを修復し、莫大な魔力を蓄積してくれる。
この《賢者ノ石》が効果を発揮するとき、サツキの左目は熱くなった。
戦闘で怪我をして、その修復を自動で発動することが多かったが、肉体のダメージが多ければ多いほど、左目は燃えるように熱くなった。
だが、今は冷たい。
急速に冷たくなってきた。
今もなお、左腕の修復をしている途中だったというのに。
つまり。
それは。
《賢者ノ石》が、その力を使い果たしたことを意味していた。
昨日もだいぶ《賢者ノ石》の力で自己治癒をして、これを埋め込んだ悪魔・メフィストフェレスは次の《賢者ノ石》を埋め直してくれたのだが。
今日だけで使い切ってしまったらしい。
サツキの異変に気づいたのか、マルチャーノは問いかけた。
「どうした? そんな、呆然とした顔をして! そんな、なにを大事なものでも失ったような顔をして! オレと戦うことを、諦めたわけでもないだろう?」
「諦めなんて、しません。ただ、ちょっと別のことを考えていただけです」
「フン、戦う意思は失っていないならそれでいい。今度はまたオレが質問をする番だと言いたいが、いつまでも話しているわけにはいかないな。戦いを続けようか、城那皐」
「そうですね。話していても終わらない。やりましょうか」
そうは言い切ったが。
懸念もある。
――まずは、どうやって紙になってしまったミナトを元に戻すかだ。戻す方法は俺が《打ち消す手套》で触れて魔法効果を打ち消すこと。そのために、どうするべきか。どうすればミナトに近づけるか。
前提条件として。
紙になってしまうと、その人や物は自らの意思で動くことができない。
呼吸ができていないのか、その必要もない状態なのか、そのあたりことはわからない。
――紙の状態におけるタブーがわからない以上、とにかく触れて解除するしかない。このまま紙の状態でいてもらうわけにはいかないからな。
問題は、いつミナトの解除をするのか。
さっきまでのように、一対一で戦うか。
あるいは、先に解除して二対一に持ち込むか。
――いつ解除するか……。先に解除を試みれば、より相手に隙を見せてしまうことになる。だが、一人で戦うには、マルチャーノさんが憑依させる死者の魔法にレパートリーが多すぎる。左腕もこれ以上修復しないとわかった今、おそらく対応しきれない。
だったら。
決まっている。
もう答えは出ていた。
――だったら、決まってるよな。答えは出てるじゃないか。ミナトを先に解除する。二人で勝つ。