273 『ディシペーション』
せっかく相手がこの左目に興味を持って、わざわざ動きを止めてくれたのだ。
ご丁寧に攻撃の手を休めてくれているのだ。
ありがたく、サツキは話してやることにした。
そうすることで、時間を稼いでおきたかった。
《賢者ノ石》によって、壊れた腕が回復する時間を。
口元の血を拭うには腕を動かすのも辛いが、回復しかかっている右腕を少しだけ上げて、二の腕のあたりに口を寄せた。
血を拭って、
「ご明察です。詳しいことは言えませんが、これによって俺の《緋色ノ魔眼》ではできないことができるんです」
次第に治ってきた右腕。
これを一度伸ばして、拳を閉じて開いて。
腕もまた曲げて伸ばしてみせた。
「こんなふうに、腕を治したりとか。ね」
「そうか! そうだったか! 最初のあの爆弾をもろにくらっていたはずだと思っていた! それなのに無事だったのが不思議だった! 倒れたとまで思ったのに、音がした場所にはいなかった! その理由はそれだったか!」
「あの爆弾は完全に予想外でした。おっしゃる通り、俺はあれで負傷してしまった。まあ、結果なんてことありませんでしたけど」
そんなわけがなかった。
ただの強がりだ。
虚勢だ。
弱みも弱さも見せたくないだけだ。
サツキはマントをパッと開いた。
そうすると、上半身の右側の衣服が破れているのが見える。
爆弾によって右の上半身がほとんど完全に破壊されてしまった影響でなくなった衣服。
マントは爆風で最初に後ろにまくれて、元の丈夫さと相まって破れなかったが、衣服はそうはいかない。
それを見て、マルチャーノはサツキのダメージを理解した。
「ほう、そうなっていたか! それでもここまでの復活を遂げたというのは思っていた以上に興味深いことだぞ!」
「今度はこちらから質問です」
「質問、か! こちらばかり聞くのも公平じゃない。いいだろう」
この間にも、サツキの左目は輝く続ける。
輝きを発することは、エネルギーを発することであり、サツキの治癒をすることでもある。
思惑通り、時間を稼げている。
「レイス化について。完全なレイス化もできたんですね。割合は、約10パーセントでしょうか。15パーセントまではいかない」
「13パーセントだ」
そこまであっさり教えてくれるとは思わなかっただけに、サツキはやや驚いた。
だが、そこに嘘はなさそうだった。
サツキの考察は当たっていたらしい。
「そうですか。半透明化の性能が素晴らしいせいで、完全なレイス化は場合によってはないかもしれないとさえ思いました」
「思ってないことはないだろう! だからあのあと、背後からの不意打ちにもなんとか対応できた。違うか?」
「それはどちらでもいいことです」
「ああ、そうだな。どちらでもいい。しかし貴様の分析力とその目はやはりズバ抜けている。殺すには惜しいと確信したぞ!」
「じゃあ、手加減してくれると?」
「まさか!」
と、鼻で笑われた。
「この確信は、オレが貴様を本気で欲しているという宣言でしかなく、死んでしまうほどならばその目と《波動》の力をもらうだけだ! 幸い、貴様の戦闘力は誘神湊に遠く及ばないからな」
「そうですか」
サツキは薄く微笑した。
――随分、回復してきた。もう右腕は大丈夫。次は左腕。それにしても、《賢者ノ石》による治癒は傷がついた順になるんだな。初めて知った。これまでは全身がボロボロになった時もどこから治ってるなんて考える余裕がなかったからかもしれない。だが、あと少しで……あと……あと……なん、だ? もう、終わりなのか……?