272 『リアルレイス』
真っ向勝負。
拳には拳で。
サツキは《波動》を乗せた拳で返す。
「はあああ!」
「だあああ! だあっ!」
マルチャーノはサツキの拳を同じように受けると思われた直前、《緋色ノ魔眼》はおかしな変化を見た。マルチャーノの身体に起こった変化であり、それは魔力反応だった。
そして、マルチャーノの身体は透けて、サツキは拳ごと通り抜けてしまう。
「レイス!?」
勢い余って、サツキは前のめりになる。
――この一瞬で、入れ替わった!? 違う! 最初から、あの性格で同じ魔法だと思わせていながら、本当はレイス化する別人の死者を憑依させていたんだ!
髑髏に変化はなかった。
一瞬の入れ替わりじゃない。
それが答えだった。
――一杯食わされた。しかも、ただのレイスじゃない! 俺の知ってるレイス化じゃない! ただのレイス化なら半透明になっても、《波動》で打撃も入れられると思ったが、あれは違う! 魔力反応があったのは全身の約10パーセント。66パーセントの半透明化じゃなく、おそらくこの10パーセントは『完全な透明化』だ!
魔法情報のすべてを開示してくれるはずもない。この程度の奥の手はあって然るべきだろう。
だが、タイミングが絶妙だった。
ここぞという時まで温存し、もっとも効果的に利用し最高の隙を作り出してみせた。
高速で巡る頭脳と予測だが、これ以上考える時間はない。
背後からの攻撃が始まる。
急いでサツキは振り返る。
《全景観》で後ろは見ていたから、髑髏にも変化が起こって、また別人を憑依させたと気づく。
――また別人を憑依させたのか! 今度はなにをしてくる!?
迷う隙もない。完全なレイス化によって作られたその隙はサツキを完全に追い込んでいた。
マルチャーノは殴りかかってきた。
――間に合わない!
これに拳で返すには、時間がなさすぎた。
手のひらで受けるにも、見極めて手の位置を調整する余裕がない。
だから、癖で左腕で防御してしまった。
右腕の回復がまだだから、今度は動きやすい左腕になった。それでも顔面にくらうよりマシだ。
だが、やはり重すぎた。
「ぐあああっ!」
悲鳴を上げてしまう。
それでも、すぐに声を抑えて堪える。
次に備えなければならない。
歯を食いしばろうとして、誤って唇が噛んで血が流れるが、なんとか次を見る体勢になった。
――左右どちらの腕もダメになった! これが《賢者ノ石》で回復するにはまだ少しだけ時間が必要になる。距離を取りたい。でも、取れない。
後ろに下がるにも、相手の速さと自分のダメージがそれを許してくれない。
マルチャーノは哄笑した。
「くはははは! 動けるじゃないか! 悪くない! 強い精神力も持っている! 貴様をただ殺してその目をもらうだけはやはりもったいないと思わせるほどだ! が、まだ足りない! その程度ではまだ足りない! 強さが足りない! 貴様はまだ弱いのだ! 育つのを待つか、今殺すか、どうしようか!」
とても楽しそうだった。
そして、
サツキを攻める手を、ふと止める。
「ん? その目……左目はなんだ? さっきからそうだったか? ただの緋色ではないぞ! 輝くようにまばゆい! 宝石ですらそこまでの輝きは放ち得ない。それはただの目ではないのか?」