271 『カウンターキャンセル』
拳を防御した右腕は悲鳴を上げる。
当たり前のように骨は砕かれた。
マルチャーノは今、人間とは別の素材で創られた拳を持っているらしい。むろんそれは魔法によるもので、それこそが憑依させた何者かの魔法なのである。
――人格も少し変わっている。この人は今、また別人を憑依させているんだ。俺の《波亀桜掌》を受ける直前、《屍者憑依》を使用したのだろう。
痛みに耐え、もっと強く歯を食いしばって、サツキは考える。
――今度は身体の材質を変える魔法か? そう、鉛のような金属に変える魔法。だが、鉛みたいな柔軟性はたぶんない。たとえるなら、金や白金のような。
まだまだ分析は足りない。
しかし当然、マルチャーノは手を緩めてくれるわけがない。
「だあああああああああああッ!」
両手で連続して拳を突き出してくる。
猛攻撃といえるものだった。
恐ろしいほどの連打である。
一気にサツキの全身の骨という骨を粉砕し尽くすような、重い拳を連続で繰り出してくる。
サツキは下がる。
下がる。下がる。下がる。
よける。よける。よける。
――こんな拳、払えない。
普通の拳であれば、下から上に払ったり、横に流したり、腕で受けたりするのだが、あの重さのある拳にはそのどれもが通じない。片手でそれをするにはスピードがありすぎた。
――残った左手でも、《打ち消す手套》で触れればその魔法効果を打ち消し、カウンターを狙えるはず。だが、右手が使えない今、それは回避行動にしか転じられない。蹴りを浴びせるには相手に触れ続ける必要があり、左手で触れたままの蹴りだとダメージが小さくなる。
パワーを乗せられないのだ。
だから、ここは回復待ちしか手がない。
――シンプルゆえに強い。最初からこれで攻めてくれば、俺くらい簡単に倒せたんじゃないか?
そう思うくらいには、凶悪だった。
――まあ、ミナトがいたからな。俺に集中なんてしていたら、なにをされるかわからない。うかうか使えなかったのだろう。
よけるのが厳しい拳が迫り、サツキは左の拳を突き出す。
「これならどうだ!」
サツキの拳は、マルチャーノの拳とぶつかり合った。
「はああああ!」
「だあああ!」
力は互角。
否。
勝っているのは、サツキ。
《波動》が乗った拳は、マルチャーノに拳を通して衝撃を与えた。
しかも、拳がぶつかったということは、《打ち消す手套》でマルチャーノの魔法を打ち消せる。
――憑依させている人間の魔法を止めるのか、《屍者憑依》すら解除できるのか。どっちだ?
マルチャーノが小さく笑った。
「見事だ」
そう言って、マルチャーノは数歩下がる。
サツキは、
――やった!
と思った。
が。
追い打ちをかけることはしなかった。
回復したいからだ。
それがよくなかった。
――全身から魔力反応がなくなった。答えは、《屍者憑依》の解除! あっ!
マルチャーノは下がったと同時に体勢を立て直し、また地面を蹴ってサツキに突っ込む。その切り返しが早かった。
「だあああ!」
「また来るか」
下がるほうが不利。
正面を向いてステップバックで距離を取るより、まっすぐ相手に向かうほうが速いのだ。
――体勢を立て直させないために、片腕でも追い打ちをかけるべきだった。見たところ、《屍者憑依》を一度は解除できた。でも、またトランスした。この性格、おそらく、前と同じ。
前と同じ、硬化する魔法。
これが効果的だと、マルチャーノはわかっている。
だから、小細工なしに同じ手を使うのである。
鋭いストレートがきた。
――よけきれない!




