261 『スクラッチヒューズ』
爆風。
煤煙。
銃撃。
血飛沫。
「グハッ!」
サツキは血を吐いた。
吐くだけならばよかった。
だが、もう右腕もない。
右の上半身が爆発に巻き込まれて破壊されてしまっていた。
――なにが爆発した? これは……アンデッド!? コロッセオの英雄と呼ばれた、魔法戦士のアンデッドか。
かろうじて理解できた。
――さっき、ミナトが剣を払い飛ばしてマルチャーノさんも動かすことをやめた魔法戦士のアンデッド。あのあと、ミナトは容赦なく斬って捨てた。両の手を切り落としたからもう戦えなくなった。あまつさえその後、マルチャーノさんは見捨てるようにナイフを投げた。もうこのアンデッドに役割などないと思ったけど、まさか爆発させるなんて。最高の武器とも言うべき魔法戦士だったのに。
完全に予想外だった。
――左足の太ももも銃弾を受けた。動けない。普通、このまま死ぬんじゃないか? 俺はまだ生きられるのか? いや、でも……熱い。左目が異常に熱い。
ドクドクと脈打つ。
全身血液が、傷が外にあふれ出てしまうのと同時に、左目から生成されて補っている。
ばかりではない。
――再生。
肉体の再生。
――壊れた身体が元に戻ろうとしている。左目が焼けるように熱い。痛い。苦しい。こんなのでいいのか。こんな代償で、俺は治ってしまうのか。
たったその程度の苦痛で、《賢者ノ石》は再生をしてくれるというのか?
サツキは爆破による損傷の痛みと左目の痛みで、息をするのも辛くなる。
「はぁ、はぁ……」
左目を左手で押さえようとして、やめる。だらんと下げる。
――そうだった。今、触れてしまえば、魔法効果を解除してしまう。《賢者ノ石》が働きをやめてしまう。止めるな。促せ。回復しろ。
過呼吸になりかける苦しさの中、サツキは頭を巡らせる。
――まさか、だったな。それにしても、まさかだと思うよな。大事な手駒のアンデッドをこうもあっさり爆発させるなんて。不意打ちには効果的過ぎた。おかげで俺は死にかけた。今も死にかけで、また生きられるのか保証もない。たぶん、生かされるとは思うけど、あんな不意打ちには対処できないぞ。普通。
いや。
そうだろうか。
そんなこともないのか?
――いや、違う。俺は確かに、ナイフに付着した魔力を見た。なにかあると、備えるべきだったんだ。ただの警告や陳述のついでにナイフなど投げるわけがないんだ。迂闊だったな。
アンデッドの爆発の影響で、煤煙も上がっていたが。
銃撃も遠慮なく続いたが。
次にはナイフも飛んできた。
飛来したそれは、魔力をまとっていた。
さっき、第一の爆発前に、魔力を込めていたナイフである。
目を閉じていても、《透過フィルター》で自身のまぶたや頭を透かして見ることができる。
360度を視認する技を、《全景観》という。
これによって、ナイフの正体を知る。
――やっぱり……このナイフは、爆弾だ。さっきアンデッドに刺したのと同じ。おかしなナイフだ。こんな刃物に、傷がある。つまりこれはなにかの仕掛けか。
しかも、マルチャーノはまたナイフを取り出して魔力を込めている。その数は三本。これらもすぐに投げるつもりだろう。
――今、左目は《賢者ノ石》が活発に働き過ぎて使えないが、右目だけでもおおよそは見えるものだな。
避けようとする。
だが、避けるには左足がキツい。踏ん張れない。体勢を変えられない。右半身はもちろん再生中で痛みの感覚しかない。
かろうじて身体をずらして避ける。
――狙いは完璧じゃない。煤煙はそのまま煙幕となり、マルチャーノさんも狙いをつけられていない。元々俺がいた場所付近を狙ったに過ぎない。この煙幕があるうちに、少しでも回復したいものだが……。
サツキの横を通り過ぎたナイフは、サツキのすぐ後方で爆発した。
爆風で、サツキは前のめりに倒れた。
――やってしまったな。
またナイフは飛んできた。
数は三本。
今度は地面に突き刺さるように。
的確にサツキを狙って飛来する。
《全景観》でそれが嫌でも見える。
――倒れた際の音で、場所と状態が丸わかりだ。ナイフも見えるのに、動けない。
ナイフが近づいたところで。
サツキは小さく息をつく。




