260 『エクスプロージョン』
ふふん、とミナトは笑った。
「簡単に殺されてなどやるものか。僕がいるんだ、サツキのことも生かして勝つよ。で、どんな分析結果になったんだい?」
さっきのサツキの独り言も、半分だけは聞こえていたミナトである。
だが、聞きたいのはそれだけだった。
「ああ。マルチャーノさんだけど、《屍者憑依》の使用中に《屍術歌劇》を併用できない。また、《屍者憑依》で同時に憑依できるのは一人だけ。別の人間を降ろす場合は一旦解除する必要がある。それが俺の予想だ」
「そっか。あとは、どうやって勝つのかだね」
「薄々察しているだろうが、突きべき弱点は髑髏だ」
「だろうねえ」
「あれを介して魔法が発動する。ただ、あれを物理的に破壊することができるのかは不明。あれだけにこだわり過ぎないほうがいいかもしれない」
「じゃあ、本体……マルチャーノさん自身を狙えばいいってこと?」
「うむ。その中で、隙があれば髑髏も壊す」
「了解」
ミナトが返事をしたところで。
髑髏から手を離したマルチャーノが、髑髏を宙に浮かせたままで、二人に問いかける。
「またコソコソと作戦会議でもしていたようだな。どうだ? そろそろ準備はできたのか?」
左手にあった髑髏は、厳密には手には触れていない。その数センチから十数センチほど上で浮いていたのだが、左手をそこから離しても、髑髏はマルチャーノの身体の周りで浮き続けている。
この髑髏にマルチャーノの魔法の秘密があるのは間違いないが、急に扱いを変えた。
それが意味するのは。
《屍術歌劇》から《屍者憑依》のへの切り替えによって、死者を憑依する際には髑髏を手にし続ける必要がないということ。
つまり。
――髑髏を介してアンデッドに魔力を送ったりアンデッドをコントロールしていたのに対して、憑依中は両手の制限がないのだとも言えるか。髑髏の扱い方の変化は些細な違いのようでいて、マルチャーノさん自身の肉体で戦うとなると、大きな違いだ。
サツキがまだ細を穿つように観察と分析を試みる一方で、ミナトは穏やかに返答する。
「ええ。作戦ってほどのものはありませんが、あなたの魔法と髑髏について、ちょっと相談をしてました。まあ、とにかくやってみるってことになりまして」
「そうか。オレがこれからだれを憑依させ、どんな魔法を使っていくのか。それはまったくの未知だろう。だから、オレとしてはなにを相談されても困らないし、貴様らの真価が見られるなら、待ってやるのもやぶさかではない。オレにどう言葉を返し、どんな作戦を秘めているのかを隠すのもいいだろう。だがな、本当になんの策もなく突撃してバカみたいに死ぬのはやめてくれよ? オレを失望させるなよ。貴様らはそんな人形よりも価値のある素材だと、確信させてくれ」
と。
マルチャーノはナイフを投げた。
ターゲットは、アンデッド。
かつてのコロッセオの英雄。
さっきミナトが剣を弾き飛ばし、剣士としての武器を失い、動かすことさえマルチャーノに放棄され、横たわったまま微動だにしない存在。マルチャーノに見捨てられた玩具。
これはサツキの割とすぐ近くにあった。
そんなアンデッドにナイフを投げ、突き刺し、サツキとミナトに警告した。否、警告ではなく、宣告などでもなく、それはただの陳述でしかないのかもしれない。
――うっすらと、ナイフには魔力が付着しているようだが、なにか意味はあるのか?
サツキはささやかな疑問を覚える。
しかし、ミナトはそこに興味はなさそうだった。
「ご心配には及びませんぜ」
ミナトが刀に手をかける。
そこで、サツキは言った。
「来る」
今度こそ、サツキは意味のある魔力反応を探知する。
マルチャーノ自身に起こった魔力反応だ。
――隠し持っているナイフに魔力が込められたぞ!
しかし。
サツキがその隠しナイフに気を取られたときには、別の仕掛けが作動していた。
爆発。
すぐ近くで転がっていたアンデッドが爆破された。
 




