258 『アンデッドトランス』
魔力の変化。
別物に成り代わるのは、魔力そのものだけではない。
髑髏にある魔力はもちろん変化したのだが。
マルチャーノの発する空気感とでもいうべきものが、変わった。成り代わった。別のなにかに、成り代わった。
――俺は、なにを見てるんだ?
サツキには魔力が見える。
サツキには筋肉の動きも見える。
サツキには重心の移動さえ見える。
サツキには微細な挙動すらも見える。
サツキには。
サツキには……。
なのに、なにが起こったかが見えない。
なにを見ているのかが見えてこない。
――ただ、なにかが元々のマルチャーノさんから成り代わったことだけ、妙にわかってしまう。これはどういうことだ?
混乱。
困惑。
戸惑い。
そのどれもが呼吸に混じって全身を巡る。
「で、さ。ねえ、サツキ」
「ん?」
「あれは、だれなんだい?」
ミナトに聞かれて、サツキは思わず、
「え」
と声を漏らした。
――だれって、マルチャーノさんに決まって……ない、のか? あれは、だれなんだ?
ようやく、サツキにもわかりかけた。
視線の先にいるのは、マルチャーノではない。
マルチャーノだった人は、今はもう、マルチャーノではない。
どこかにマルチャーノが在るのかもしれないが、別のだれかに成り代わっている。
しかしサツキは悟った。
少しだけ表情をやわらげて、ミナトに言った。
「なにを言ってるんだ。あれはマルチャーノさんだ」
「そうなの?」
「まあ、とはいえ。さっきまでのその人とまったくの同一人物ではないだけさ。あれは、マルチャーノさんの中に別のだれかが入っている。別のだれかが成り代わっている。だが、マルチャーノさんでもある」
「つまり。もう一人、別のだれかの人格が混ざってるってことかな」
「人格……いや」
「?」
「その人の……肉体以外のすべてが降臨している。おそらく、さっきアンデッドを操っていたように、魔法も扱える」
「へえ。なるほど」
ミナトが冷たい声で納得を示す。しかし、うっすらと嬉々とした色が混じる。瞳にも期待が浮かぶ。
マルチャーノは言った。
「《屍者憑依》」
それが、この魔法の名前。
「死者を操る《屍術歌劇》とは、別の魔法だ。まったくの別物というよりは、自身に死者を憑依させる応用技といったところか」
「それで、雰囲気が変わったんですね」
ミナトが相づちを打つ。
「そう感じるのも無理はない。が、死者の人格が現れることはない。死者のすべてがオレに混ざるが、人格のみが表面には出ないんだ」
「混ざっているだけ、ですか」
「ああ。そして、《屍者憑依》は死者をオレ自身に溶け合わせるが、死者の能力を扱えるだけでデメリットなどない。仮にデメリットを挙げるなら、人格は表に出るわけじゃないが、それはオレがコントロールしているというだけの話であって、魔法の性質によってはそれを表出させることもあるって点か」
「それもコントロール? いまいちピンとこないけど」
そんなミナトに、サツキが告げる。
「残忍性のある性格から使用の条件づけがなされるような魔法は、それを使う際にそうした性質も言動に表れるってことだな」
「まあ、そういうことだ。あくまで、オレのコントロール下での話だが」
おそらく。
――性格による精神の乱れが戦術に影響する、ということはなさそうだな。それに、厄介なのが雰囲気こそ変わっても、何者がマルチャーノさんに降臨したのかわからないこと。つまりどんな魔法を急に使ってきてもおかしくないという、無制限な可能性を持った相手になっているということ。
これはかなり戦いづらい。
――もう一つ、気になるのは憑依できる人数だ。同時に複数人が可能であれば、それこそ無数の魔法を使いこなす怪物が相手になるということ。先生やレオーネさんみたいに、そんな無茶苦茶ができる人も知ってはいるけど……。
果たして、そんな人間がほかにいるものだろうか。




