248 『アンサンブル』
ミナトの剣が光る。
抜刀。
ほとんど、まばたきさえする暇もない速さで、剣はマルチャーノの左手を襲った。
マルチャーノの左手には骸骨がある。
より丁寧な言い方をすれば、骸骨は左手の上で浮いているのだが、左手がなくなればそこで浮いていることはできなくなる。
この骸骨の除去こそが、ミナトの狙いである。
骸骨があるからマルチャーノは《屍術歌劇》を使える。
もし左手がなくなってしまえば、骸骨をそこに留めておけないことになり、《屍術歌劇》も扱えるかわからない。右手に持ち替え可能かもしれないとしても、左手を奪えば銃撃は防げる。
そんな理屈だ。
マルチャーノの主な武器が銃。
そして、《屍術歌劇》によってカルミネッロを操作しても、狙いは銃撃にあるのなら、《屍術歌劇》を封じることが最重要になる。
同時に、左手を奪えれば右手は銃撃に専念させられる。あるいは、右手で《屍術歌劇》を展開することだろう。
二つが噛み合わさって効果を二倍どころか三倍や四倍にもする戦術なので、その片方を奪うことは多大な影響力といえる。
よって。
ミナトの剣がマルチャーノの左手に斬りかかったのは、あって然るべき戦術なのだった。
剣は一瞬で振られる。
『神速の剣』はその名にふさわしい、至上の速さに達する。
よし、と考えることすらできないほどに、一瞬にして終わっている。
それだけの速さが、相手に届く直前――
コンマ一秒にも満たない時間の中で、ミナトはなにかを察知する。
危険信号が点滅して。
「っ」
咄嗟に下がった。
剣も引く。
そこに。
騎士の鎧をまとった兵士が現れた。
兵士は盾を構え、剣を振る。
「《重唱》。やつはそう言っていた」
ミナトが隣に舞い戻ると、サツキは言った。
「なんだい? それは」
「さっき、ミナトが《瞬間移動》をする前、マルチャーノさんの口が動いたのが見えたんだ」
「その口の動きが、《重唱》、か」
「うむ。おそらく、複数人を同時に操る技のことだ」
「まあ、そんなところだろうねえ」
マルチャーノとの距離は多少あるので、サツキは《重唱》を口の動きから読み取るだけで声はハッキリと聞こえなかった。
そして今は逆に、サツキとミナトのそんな会話も、マルチャーノには聞こえていなかった。
「撤退の判断の速さは褒めてもいい。さすがは『神速の剣』と噂される剣士、誘神湊だ。なにかコソコソと相談しているようだが、逃げる算段でもしていたのか? 得意の撤退の速さで」
「いやだなあ、逃げるなんて真似、できるわけありません。むしろ、あなたを倒すための打ち合わせをしていただけですぜ」
にこやかに啖呵を切るミナトに続けて、サツキも語を継ぐ。
「この周囲にいるアンデッドたち数体のうち、何体までなら同時に操れるのかとか。知りたいこともいろいろあるので、試させてください」
「ほう。オレが潜ませていたアンデッドにも気づいていたか。なるほど、こちらも世間評はあながち間違ってないようだな。すべてを見通す、まるで神通力じみた瞳。『緋色ノ魔眼』城那皐」
パチン、と。
マルチャーノは左手の中指と親指で音を鳴らした。
「ならば! 少しばかり見せてやろう。オレの玩具を」
音を合図に、サツキとミナトの斜め後ろ方向で隠れていたアンデッドが二体動き出す。




