206 『トリプルロック』
ヒサシは肩をすくめる。
「確か、リョウメイくんもお嬢の魔法は知ってたよね?」
「封をすれば返信されるゆう《蜻蛉返》くらいは」
スモモの《蜻蛉返》は、トンボ柄の封筒に手紙を入れて送ると、相手の元に一瞬で届くのだが、その封筒を相手が開けて手紙を読み返事を入れて封を閉じれば、再び一瞬でスモモの元へと戻っていくのである。
この応用で、封を閉じていない封筒を鷹不二氏の面々は手元に置いておき、なにかあれば手紙を入れて封を閉じる。そうすれば、任意のタイミングでスモモに手紙が届けられるわけだ。
さっきヒサシが途中まで書いた手紙を送ったのもこれによるもので、リョウメイにもそこまでわかっていた。
「じゃあ、予想済みでさっさと封じてきたわけね」
「そうどすけど」
「よかった。一応、ボクも一矢報いることくらいはできたわけだね。あとは煮るなり焼くなり好きにしていいよ。ボクはもう動けないんだ。て言っても、足の動きとかに制限があるのと手紙を書けなくなっただけで、肩も回るし指先だって動かせるわけだけどさ。ほんと、ボクを動けなくしてどうするつもり?」
「なんもしまへん。そうやなあ、それも退屈やし、少しならおしゃべりにも付き合いますえ」
せっかくのリョウメイの申し出にも、ヒサシはまたなにか考え始める。
「やーっぱり動く気ないよ、この人。つまり、別働隊がいるのは確定と。で、ボクとのおしゃべりをそれなりに楽しんでくれているリョウメイくんだけど、本当のところはボクとは口も利きたくない。なのに、しゃべってくれる。この意味は……」
勝手に悩んでくれているのはありがたい。
――せいぜい、悩んどいておくれやす。これがそっくりそのまま時間稼ぎになってくれるさかい。
リョウメイの《鍵付日記帳》は完全無敵ではないのだ。
――実はな、ヒサシはん。《鍵付日記帳》は今、三つの効果を発動しとんねん。
三つ。
禁止事項は三つあった。
以下、三つのロックがされていた。
一つ目、《鍵付日記帳》から十メートル以上離れることを禁ずる。
二つ目、手紙を書くことを禁ずる。
三つ目、他者との接触を禁ずる。
そして三つの鍵のすべての効果は、《鍵付日記帳》の十メートル以内にいる人間に対してのみ有効なのだった。
この一つ目が、なにを隠そう最初から発動していた効果だったのである。
続けて、ほか二つを発動していった。
――接触ゆうても、持ち物とか身につけとるもんも含む。せやからヒサシはんがいくらブンブン杖を振り回そうと、うちに接触することはありえへん。うちはな、ずっと戦っとるフリしてたんや。
とはいえ。
ミスもあった。
――先に一度、《第三ノ手》を叩かれ魔法情報をハッキングされてしもうたが、あれは迂闊やった。とにかく逃げられまいと離れることを禁ずる効果を優先してしもた。けど、先にすべきは接触禁止やったわ。
リョウメイは仮面のようなメガネの下から、ヒサシをじぃっと見る。
――そういうわけや。うちもこの場から離れられん。まあ、うちが歩けばヒサシはんもついて来られるんやけど。
静かに立ち尽くしていたリョウメイに、ヒサシがようやくしゃべりかけてきた。
「ちょっと聞いてよ。考えたから」
「なんどすの?」
「ボクにある特定の行動ができないようにする魔法がかかっている。それがキミの第三の魔法だよね。しかしそこにはそれほどの強制力がなく、たとえば自分が近くにいないと効果を維持できないとか、あるいは本当はこの場から離れたいけどボクを警戒して動けないのか、もしくは……術者にも同じ効果が発生してしまっているのか。すなわち、キミも今、この場を動けないのか。どうかな? 正解はあった?」
「どうですやろ。どこかにはあったんと違います?」
どこかは間違っていたのは三つも可能性を挙げたのだから当然だが、前提として間違っていることもあった。
それは、それほどの強制力がないという点。
自分だけは例外にするなど融通が利かないほどに、強制力があるのだ。
――さあて。こうなれば、近づかれても杖で突かれそうになっても大丈夫や。あとはあの子らが最後の活躍をしてくれたら……。