204 『ワードスミス』
リョウメイは《鍵付日記帳》に書き足した。
だが、これをロックするのは今なのか。
そこが悩ましい。
――ヒサシはんの攻撃を食らった。魔法情報を読み取られたのは、すでに知られている《第三ノ手》。その点はええ。が、ええのはその点だけ。一度読み取られたら、次には書き換えられてまう。もう食らわれへん。もしまた触れられれば、その時には、もう《第三ノ手》は別の魔法になってまう。
知られたのが《第三ノ手》だったことは、不幸中の幸いだといえる。
しかしそれ以上に、知られたこと自体がまずい。
もう《第三ノ手》があの杖に触れられたら終わりなのだ。
つまり、《第三ノ手》はよほど注意しないと使うことができない。可能ならもう使いたくない。
――しかも、この次に会っても、触れられれば最期。ほんま嫌らしい魔法やで。
また、ヒサシは動き出した。
できれば、リョウメイとしてはもう少し考えをまとめたい。
まとめたくとも、その時間はないらしい。
「きびきびしてはりますなあ」
「楽しくてつい身体が動いちゃってね。いやあ、なに急いでんだって気持ちもわかるよ? ボクにとってここで一番にすべきは、キミの足止めだしさ」
「確かにうちさえ止めれば、これ以上碓氷氏はだれも士衛組を助けに行かれへんもんなあ」
「そうそう。そういうこと」
そういうこと?
そうそう?
自分で言って、ヒサシは引っかかる。
――あれ? そうそう、なんて。リョウメイくんとの会話で言うことなんてあり得なくない? これは勘なんだけど、リョウメイくんのほかに碓氷氏で動ける人がいる……! それって、だれ?
ヒサシの動きがわずかに鈍ったことに、リョウメイも気づく。
「……」
このわずかな間に、リョウメイはロックした。
条件を決め、《鍵付日記帳》を発動。
――さあて。ここからは、戦ってるフリ……。
リョウメイの刀がヒサシを待ち受ける。
これを見て、ヒサシはますます悩む。
「あー。やっぱりそうかも」
「どないしはったん?」
「うん、大丈夫。頭は大丈夫。気は確かだよ。て、本当にどうしたのか気になったのかな? 今ね、ちょっと二つの選択に悩まされてちゃっててさ。ほらボク、人の気持ちを察するに敏、その上こう頭がよくて人より考えちゃうんだよ」
「さすがヒサシはん。よろしおすなあ」
「どうでもいいなんて言わないでよ。これはリョウメイくんにも関係のあることなんだからさ? だって、ボクは今からこの戦いを切り上げてさっさと逃げるか、キミの魔法をちょっといじってやろうか。この二つで揺れてるんだから」
「なんで逃げるなんて選択出てきたんどすか?」
これには、リョウメイも素直に驚いた。
どこにもヒサシが逃げるメリットはないような気がする。
リョウメイに動かれるほうが嫌なはずなのに、足止めは互いにしておきたいはずなのに、どうしてほったらかしで逃げられるのだろうか。
「ボク、気づいちゃったんだよね。リョウメイくん、これからリラくんの助けに行くつもりでしょ?」
「もちろんです。行けたら行きますけど」
「ほら。絶対行かないって言ってるじゃん」
「え」
ついいつもの癖で答えてしまった。
行けたら行きますは、行かないという意味で。
しかもこの答えは至極真っ当で普通でありすぎるのに、一つの秘密を解き明かす鍵になってしまっていた。それもリョウメイが言うからこそそうなってしまったのだ。
「リョウメイくんが行かないってことは、別のだれかが行くってことでしょ。それってだれ?」