203 『フィーリングセンス』
ヒサシの杖は《第三ノ手》を叩いた。
――どこかでやると思ってたよ、《第三ノ手》。
ニヤリと口を歪ませ、ヒサシは杖を振り上げてリョウメイの刀に合わせる。
前進する途中でその動きを止めて地面の《第三ノ手》に対応したため、そのあとに杖を振り上げても、リョウメイの刀との間合いは保たれ、無事対応できる計算だった。
実際にも、ギリギリで刀に間に合った。
「やっぱり来ると思ってたんだよねえ、《第三ノ手》。話に聞いていた通りだったよ。魔法情報は読み取らせてもらったからね、リョウメイくん」
「決まると思ったんやけどなあ」
「さっきも言ったじゃない、ボクは魔法に敏感だって。そりゃあ気づくよ。気づけないわけがないもん」
ヒサシが一度退き、距離ができた。
リョウメイは短期決戦が望みではないので、黙ってこちらも距離を取る。
「……さすがどすなあ」
「どうも」
パシン、と右手に持った杖を左で受ける。さながら一口含んだお茶の味でも吟味するように二、三秒黙って、それから言った。
「まずは一つ目の魔法情報ゲット。でもこれ、知ってるのと同じ情報だ。汎用性はあるみたいだけどそれだけだねえ。ボクの狙いは陰陽術のほうで、こっちはおまけのつもりだったんだけど、おまけ以下だったみたい」
「調子が上がってきたようで。ほんま元気どすなあ」
「調子に乗るな、うるさい、って? ごめんね、ボクは対話を大事にするたちなんだよね。トークを楽しんでこそ戦いも楽しいってものじゃない?」
いろいろ思うところは胸に包み、リョウメイは小さく笑った。
「噂通りのお人やわあ」
「え? なんの話? ボクの噂ってことかな? ねえ、どんな噂か聞かせてもらってもいい?」
ニマニマしながらヒサシが尋ねると、リョウメイは涼しい顔で、
「えらいトークがお上手で、よく通るええ声やて話どす。ほんまでしたなあ。うち、口下手やさかい、なかなか一つ一つに答えられんと、すんまへん」
丸い言葉遣いに反し、どこかトゲのある物言い。
それがヒサシにはたまらなくおかしかった。いつまでしゃべっていても飽きてこない。
つい笑い出してしまう。
「あはは。あはははっ。リョウメイくんはどこも口下手じゃないよ。自分の気持ちを伝えることがそんなに上手じゃん。自信持ちなよ。確かにボクは、キミの言う通り、随分とおしゃべりで小うるさくて声も少しばっかり大きいけど、こうやってボクたちお互いの気持ちを理解し合えてるんだからさ」
「怖いわあ。うち、そんなつもりやあらしまへん。物騒なこと言いますなあ」
ヒサシはまたおかしそうに笑いをかみ殺す。
これだけ皮肉を言われても、リョウメイとの会話が面白くて仕方ないのである。
と。
それがリョウメイもわかるから、ますますやりにくい。
「いやあ、こうやって話してみるとわかることもあるよね。でもボクたち、もっと分かり合えると思うんだ。もっともっと、いろいろ語り合おうよ」
また。
トン、と杖で地面を叩くヒサシ。
リョウメイはこの間にまた数歩下がっており、《鍵付日記帳》を取り出していた。ここに書き足す。
「あ。またなにかしようとしてる」
「なんのことやろ」
「たぶんだけど、リョウメイくん。キミって陰陽術と《第三ノ手》のほかに、まだ魔法持ってるよね? そんな噂も聞かないし、ボクの勘なんだけどね」
「ええ勘してますなあ」
「でしょ? あ、これは皮肉で間抜けって言ったと見せかけて、ボクの勘が当たってるってことくらいわかるよ? ボク、人の気持ちを察するのが得意だからね。しかも、人の心を知る努力も惜しまないしさ」
「はあ。偉いお人や。尊敬するわあ。努力までしとったら、周りも感心するやろうなあ」
「もう、また言ってくれるねえ。図々しくて呆れる、人間通ぶって人の嫌がることするなって? その気持ちもわかるけど、楽しむのが優先ってことで」
どこまでも人を食ったようなヒサシに、リョウメイは微笑の下でちょっとだけ怒りが湧かなくもない。だが、ヒサシが追撃に動かない今が《鍵付日記帳》に書き足すチャンスなのだ。