200 『ルーズコンディション』
「難儀やわ」
ぽつりとつぶやく。
「なんか言った?」
ヒサシに聞かれるが、リョウメイは首を横に振った。
「なんも言うてまへん」
「へえ。そう」
リョウメイにとって――。
勝利条件はヒサシを一定時間足止めすること。
できればサツキとミナトの戦いが終わるまで。
どこかの戦いへの介入と士衛組へのアシストを封じたい。
特に、ヴィアケルサス大聖堂で展開されることになる戦いの中でも、サツキとミナトの戦いには関わられたくない。
そうすれば、おおよそ士衛組への貢献度が碓氷氏と鷹不二氏で同じくらいになり、士衛組にとってどちらと手を結ぶか選択の余地ができる。ミナトを古い友人と思い、リラやサツキも友人だと思えばこそ、士衛組には自分たちで道を選べるようにしてやりたかった。
リョウメイのそんな細やかな読みと計算は、ヒサシとの戦いをやりにくくしている。
反対に、ヒサシは実に生き生きとしゃべる。
「ボクたちって結構似てるとこあるし、味方同士だったら仲良くなれたろうねえ。しゃべっててこんなに楽しいんだもん。ねえ?」
「奇遇どすなあ。うちも思てました」
「だよねえ。でもさあ、そんなボクたちだからここでの戦いも楽しくなりそうじゃない?」
「どうですやろなあ」
「あはは。どうもこうもないんじゃない? リョウメイくんもすでにいろいろ考えてると思うけど、ボクも考えてみるとこれが面白いんだよ。だって、ボクはここでキミに勝てたら値千金。碓氷氏のもっとも重要な腹心を潰せるんだからさ。まあ、やり過ぎるとスサノオくんの怒りに触れて開戦しちゃうから、うまく調整しないといけないんだけど」
これはリョウメイの考えと同じだった。
やり過ぎると両家の間で戦が始まってしまう。
もちろん、それはヒサシも避けたかった。
――一応、リョウメイくんは『王都護世四天王』。晴和王国の王都の守りに貢献している人物だから、そんな人を潰しちゃあまずい。王都の人間たちから鷹不二氏が嫌われる。陰陽師としても国家レベルで大事な家系であるため、やり過ぎは禁物。ちょっと力を削ぐ程度が望ましいんだよねえ。それでも、あのリョウメイくんの魔法情報を手に入れるだけでその価値はかなりのもの。美味しいねえ、この戦い。
リョウメイはくすりと笑う。
「その点は、お互い様どすなあ」
「だねえ。どこまでならスサノオくんは許してくれるか教えてよ。あとついでに、『幻の将軍』アカザさんもさ」
「そうどすなあ、考えときます」
「お断りしますってことね。だよね、教えてくれるわけないよねえ」
つらつらとしゃべりながら、負けた場合のこともヒサシは考えていた。
――負ければ、リョウメイくんに動かれちゃうんだよねえ。これはどうしても阻止したい。なぜって、リョウメイくんは多彩な陰陽術で士衛組の補佐ができる唯一の人物だから。
唯一の人物。
敵側において、たった一人。
その意味は。
――碓氷氏の中でこのマノーラにいるのは三人。スサノオくんとゲンザブロウくんは共に行動していて、きっと今はうちの大将の前にいるから、リョウメイくんだけが自由に動けるってこと。だからリョウメイくんさえ抑えられれば、鷹不二氏の独壇場で士衛組に恩を売りまくれるって寸法になるんだよね。まあ、もう佳境だろうし、できることは少ないけど。いずれにしても、互いにとっての敗北ラインは全然重みが違う。リョウメイくんがまだなにか隠しているにしても、ボクがずっと有利なんじゃないかな。
と。
負けた場合のこともいろいろと考えを巡らせてみたが、あえてそれをリョウメイには告げなかった。
告げるまでもなく、リョウメイのほうが動きにくいことはわかるからだ。これをあえて言うより早く戦ったほうが都合もいい。
ただそれよりしゃべりたいこともある。
「ああ、そうそう。聞きたかったことがあるんだよ。リョウメイくんってくせ者だなあって思ったことでさ。割とひどいことするんだなって勝手に思っちゃったんだけどね」
「くせ者やなんて、よう言われまへん。むしろヒサシはんはくせ者やてみんな言うてますよ」
「わかってる、みんなって言うときはキミの意見ってことだよね。そういう意味ではお互い様だけど、リョウメイくん、キミ実は玄内さんがサヴェッリ・ファミリーに拘束されていたことに気づいていたでしょ? いや、拘束されるであろうことに気づいて、あえてスルーしたよねえ?」
ヒサシは楽しげに目を光らせた。




