199 『ビクトリーコンディション』
リョウメイとヒサシの戦い。
これはリョウメイにとって、一筋縄ではいかないものだった。
――ここでの勝利条件。うちのそれは、勝たないこと。
勝利条件なのに、勝ってはならない。
――矛盾しているようやけど、勝つことも勝ち逃げもできひん。それなのに、負ければすべてを失ってまう。
身の破滅。
死を覚悟すべきシチュエーション。
――なぜなら。ヒサシはんに負けるゆうことは、《魔法吟味役》でうちの魔法情報を読み取られ、《魔法曲者》で魔法情報を書き換えられてまうことや。
自分の魔法情報。
この価値は表面的な個人情報以上のものがある。
リョウメイが生きる魔法世界において、魔法情報のすべてを知られることは致命的なのである。
いつ陥れられても殺されてもおかしくなくなる。
――ヒサシはんが知っとるうちの魔法は、《八怪学講義》の一部。せいぜい八分の三くらい。それと《第三ノ手》やろな。
まだ《第三ノ手》については口にしていないが、知っていると思っていい。人前で使ったことが何度もある魔法だからだ。それくらいの情報をサーチできない鷹不二氏ではない。
――だがしかし、《鍵付日記帳》は知らんはず。あれを知っとるんはスサノオはんやゲンザブロウはんら碓氷氏の数人と、歌劇団の子ら、『幻の将軍』様にヒロキはん、そしてリラはんくらいやしな。
これらの魔法情報は知られたらまずい。
王都の治安維持に碓氷氏の天下統一事業、陰陽師としての仕事まであらゆる面からも知られてはならなかった。
――さらに。魔法情報を知られるのみならず、この戦いの中でヒサシはんに動かれたくない。好き勝手させたらあかん人や。なにしでかすかわからんし、これ以上士衛組のアシストをされたら碓氷氏の貢献度に関わる。
もし負ければ、魔法情報が相手の手に握られるばかりか、好き勝手されてしまう。動かれれば士衛組のためになにかするのは確実で、将来的に士衛組を味方につけたい両陣営は、この戦いでいかに士衛組に恩を売るかが勝負にもなっていた。
だから、ここでヒサシに負けることは自分の命も危うくなりその上で碓氷氏にとっても不利な状況になってゆく。
――せやから負けはありえへん。
負けたらすべてを失う。
ゆえの身の破滅。
だからこその死の淵。
死を覚悟する理由だった。
――逆に、勝ちの条件は勝ち過ぎないこと。簡単には勝たないこと。なんなら勝たないことや。
それというのも。
――うちの最大の目的は足止め。つまりは時間稼ぎや。
ヒサシをここに留めることを主目的とするわけだ。
――ヒサシはんに勝ち過ぎて、うちの《八怪学講義》が一つ《崩怪》でヒサシはんの精神破壊までしてもうたらやり過ぎもいいとこ。オウシはんの逆鱗に触れ、即座に碓氷氏と鷹不二氏の大戦が勃発や。報復戦なんてのは互いに得るものもないねんけど、重要なポストにいる仲間を壊されて平気なオウシはんやなし。それに世間体としても味方の無念を晴らす意味でも、開戦せずにはおられへん。
晴和王国統一のため、覇を競う碓氷氏と鷹不二氏。
戦は避けて通れない。
だが、今じゃない。
――鷹不二氏との決戦はずっと先に伸ばしておきたいしなあ。晴和王国は新戦国の世にあり、各地にはまだまだ強敵もおる。争うには時期尚早すぎるわ。
各地の強敵との戦いを優先したい。
その思いは互いに同じ。
占いでも鷹不二氏との決戦はあとにすべきと出ている。
――現状、晴和王国内での世間的な評価はスサノオはんが上。オウシはんよりスサノオはんのほうが実績も人気も勝っとる。けど、碓氷氏と鷹不二氏の戦力は五分と五分や。ここでやり合えばどちらもタダでは済まん。互いに甚大な被害となり、他国の実力者たちに攻め込まれ滅ばされる。天下統一どころではなくなるわけや。
今はまだまだ互いに実力をつける時期。
そして、占いによれば鷹不二氏との決戦は天下統一を賭けた碓氷氏にとっての最後の戦いになる見込みだった。
――それに。おそらくこの日、碓氷氏と鷹不二氏で直接対決するんはスサノオはんとオウシはんだけや。あとは牽制。あの二人なら実力差もなく互角にやり合うが、うちの予想では二人の勝負がつく前にサツキはんとミナトはんが決着をつけてくれる。せやから鷹不二氏との間に禍根は残らんはず。逆に言えば、それ以外の場所での戦いは、余計な争いの火種を生むことにもなるっちゅうわけねんけど……。
その最たる争いが、ここにあった。