180 『フィアースアタック』
――なに!? 誘神、湊……!
あの《賽は投げられた》による豪速をも超える神速で、ミナトの剣が現れた。
それもピタリと寸分の狂いもなく、もっとも力を伝えられるポイントを正確に狙ってその剣は振られていた。
ジェラルド騎士団長のバスターソードはミナトの剣と激しく打ち合った。
スピードでは負けた。
ミナトにスピードで勝てるとは思っていないが、《賽は投げられた》があれば追いつけると信じていた。
だがパワーでは負けない。
だから負けない。
それがジェラルド騎士団長の計算だった。
しかし、今の状況はそうした計算外の展開になってきている。
《賽は投げられた》はサツキを倒すために使われ、防衛本能で不意打ちに備えることはしていない。
つまり、ミナトからの攻撃で負傷することは甘受していた。
そうすればサツキを確実に倒せるからだ。
それなのに、そのサツキを倒すための剣を、受けられてしまった。
――なるほど! 城那皐の掌底を通すために、貴様はあえて我のバスターソードに合わせてきたのだな!
後出しの妙技は、通用しない。
ミナトの動きに後出しで呼応するのをやめていたから、ミナトの神速が生み出す剣技をすべて許してしまったというわけだ。
――見事!
「《波亀桜掌》!」
サツキの掌底が、ついにジェラルド騎士団長の身体に触れる。
これによって、サツキの左目が戻りミナトの心臓も戻ってしまった。
――だが、負傷し力も足りんその手でどこまでやれる?
ジェラルド騎士団長が足に力を入れて踏ん張った。
が。
身体は簡単に吹っ飛んだ。
「ぐはッ!」
――なんだと!?
想定していた以上の威力が打ち込まれた。
これほどのパワーをどうやって捻出したというのだろうか。
過去に共に切磋琢磨してきたグランフォードを除き、百戦錬磨の戦いをしてきたジェラルド騎士団長には、相手の力は感覚でわかる。今、どれほどの力が剣や拳にあるのか。それがわかるのだが、サツキはそんな経験では推し量れないほどのパワーを秘めて、それを叩き込んできた。
しかも、これで終わりではない。
ミナトが《瞬間移動》でサツキを連れて空中へ移動し、ジェラルド騎士団長に追い打ちをかける。
「今だ! 畳みかけるぞ!」
「承知!」
サツキは拳を握り、両手両足で打撃を浴びせようとした。
これに加えて、ミナトが剣撃をくらわせる作戦だった。
――ここまでは完全に想定通り! ジェラルド騎士団長もこの空中なら身動きできない! 終わりだ!
「はああああああああ!」
全力の拳と蹴りで猛攻撃する。
「《天多之雄走》」
神速の連撃《天多之雄走》は、ミナトが『ゴールデンバディーズ杯』で見せた技である。これによって、ジェラルド騎士団長の鎧はズタズタになってゆく。サツキの打撃が入りやすくなる。
わずか数秒の間、二人の攻撃が激しくジェラルド騎士団長に乱れ打ちしていった。
――とどめだ!
最後の攻撃をしようと、サツキが拳を振りかぶったとき。
ジェラルド騎士団長は空中にもかかわらずバスターソードを振り回した。
「ゼアアアアアアァッ!!」
これは防衛本能の発動だろうか。
《賽は投げられた》が身を守っているのだろうか。
サツキはそう思って攻撃を避けようとしたが、空中で身動きが取れないのはサツキもだった。
バスターソードの軌道は滅茶苦茶で不規則、乱れ咲くような凶暴さである。
あまりの速さにサツキは対応できず、思いきり脇腹を抉られてしまった。ミナトにはそう見えた。
しかし、それだけで済んだ。
「カハッ!」
血を吐いたときにはミナトが《瞬間移動》でサツキを安全なところに避難させた。
「大丈夫かい? サツキ」
「……はぁ、はぁ……大丈夫に、……見えるか?」
「あはは。見えないや。で、どうしようか。あの人、もうなにも考えてないみたいに剣を暴れさせてる。なのに、よく見えてる。わかってる。狙って僕らを攻撃してきた」
「……そ、そうか」
遠くでアシュリーが「サツキくん!」と声を上げて心配している。だが、その声は今サツキには聞こえていなかった。ミナトの声さえ聞き取るのがギリギリだ。
「左目が、熱い……」
「うん。《賢者ノ石》が身体を治してくれるだろう。サツキは休んでいてくれ。僕がやってくる」
ミナトがサツキを座らせようとすると。
サツキは「ごほっ」と血を吐いて、小さく笑った。
「その必要はない」
「必要はないって、いったい……」
すると。
ジェラルド騎士団長は力を使い果たしてように動きが止まり、
「《痺レ拳》。……ジェラルド騎士団長は、もう痺れて動けない」
吹き飛ばされていた身体も地面に墜落する。