178 『ファイナルスパート』
次の攻防を最後として、双方は動き出した。
「ミナト」
「うん」
駆け出すサツキに応じるように、ミナトもまた駆けた。《瞬間移動》を使わずにジェラルド騎士団長との距離を詰めてゆく。
「賽は投げられた。あとは終わりの時が来るだけだ」
対してジェラルド騎士団長はバスターソードを構えたまま微動だにしない。石像のように動かなかった。自然に擬態する生物が捕食のときを待つみたいな静けさがジェラルド騎士団長を包む。
さっそくミナトが仕掛ける。
――さあ、やるよ。
ひたすら弾丸のようにまっすぐ走るサツキ。
その横を走っていたミナトは、《瞬間移動》を使ってサツキのほんの少し後ろにポジションを変え、少し前に変え、また横に移動して、とランダムに繰り返し、サツキのすぐ近くを光の点滅を思わせる速さで進む。
――撹乱。
ジェラルド騎士団長はそう思うだけで、ミナトの《瞬間移動》に合わせて目線を切ることもしない。
――無駄なこと。無駄な動きよ。我の《賽は投げられた》の前では、どんな奇策も意味を成さん。すべて凌ぎ切る。すべてを見極めたあと、我が身を捨てても斬り伏せる。
作戦はない。
だが、シンプルゆえに迷いのないジェラルド騎士団長だった。
ついに、双方の距離がバスターソードの圏内あと一歩のところまで縮まった。
サツキの《緋色ノ魔眼》はジェラルド騎士団長の魔力や筋肉を見た。
いくら相手のコンディションがまるっと見透かせていても、ジェラルド騎士団長が動くのはサツキが行動の最終選択をしたあと。
《緋色ノ魔眼》の強みが洞察にあり、これもまた相手の動きを見て先を読む力だと表現するのであれば。後出しじゃんけんは本来サツキの戦術であり、しかしそれを上回る後出しじゃんけんが《賽は投げられた》だから、いわばサツキはその利を取られた状態で戦わねばならない状況なのだ。
ジェラルド騎士団長が完全に相手の動きに合わせてオートマチックに防御を展開する場合、サツキは未来予知じみた目の力は使えない。
しかし、それでよかった。
二対一なら、その条件すらひっくり返せる。
――ミナトと二人なら、《賽は投げられた》を崩せる。ミナトの神速はそれさえできる。俺はそう信じてる!
サツキはついにバスターソードの射程内に入った。
すぐには攻撃してこない。
充分に、確実に、必ず仕留められるところまで引きつけて、そこまで待ってから動き出すはずだ。
それを承知で、サツキは掌底を放つ挙動に入る。
「!」
そのとき、ミナトが消えた。
ここまで走りながら、幾度も《瞬間移動》を繰り返して、けれどもサツキのそばから離れなかったミナト。
そんなミナトが消えてしまった。
むろんそれが《瞬間移動》によるものだとジェラルド騎士団長にはわかっている。
ただ、どこに消えたのかまではわからない。
――我は考えん。誘神湊に関しては、一度考えることはやめる! もし攻撃が来るようならそちらを守ってから、城那皐を仕留める。先に倒すべきは城那皐だ!
思考を挟まなければ、防衛本能が働き《賽は投げられた》はどんな攻撃からも身を守ってくれるだろう。
今現在、ミナトが心臓を支配されたことをどの程度意識しているかはわからない。警戒しているのか、生きているからと無警戒なのか、あるいはサツキとの相談で《独裁剣》の詳細を知っているのか。そこに警戒は不要だと気づいてしまったのか。
わからない。
だが、無意味ではないと信じたい。
その上で、それを取り返させてしまうより、支配したままサツキを先に倒し、そのあとでミナトと対峙したかった。
そんな計算の元ジェラルド騎士団長は時を待ち……。
自分の身体が勝手に動きバスターソードが左後方へと振られるのと同時に、ミナトが死角から攻撃してきたのだと知った。
「ゼアァ!」
バスターソードはミナトの剣とぶつかった。