27 『朝焼けに終わる』
「話か。聞こうじゃねえか」
玄内はためつすがめつサツキを見つめる。
自分から話したいことがあると言っておきながら、すぐには言葉が出ない。小刻みに震える感情を素知らぬふりしてひた隠し、サツキは口を開いた。本当に話したいことは後回しにして、別の話題を切り出した。
「さっき、リョウメイさんという方に会いました」
「あいつか」
「そこで、俺は俺なりにいろいろと今回の三つの事件のつながりを推理して、それらを話したんです」
「ほう。なんて言われた?」
「見事だと言ってもらえました。気に入った、とも」
「やるじゃねえか。あいつはあまり他人を褒めない。本気ではな。気に入られるのはよほどだぜ」
あれが本気かどうかはサツキには判別もつきにくいところだ。
だが、サツキは続きを話す。
「そのあと、おもしろい推理を聞かせてくれたお礼にと、引き寄せの法則とか言霊とか、興味深い話も聞きました」
「まあ、それがあいつの本職だからな」
「俺としては、言ってることもわかるし、リョウメイさんの言う怪異がいるのであれば筋の通った話だと思います。そこにはちゃんと、理がある。俺も怪異がいると仮定して推理を展開しましたが、全部の理屈を説明してもらったわけでもないのでわからないことも多いです。でも、今までの自分を省みると、あの人の言う『怪異的に』まずいこともしていたようにも思えて……」
玄内はフッと笑った。
「安御門了明。あいつの家は千年以上続く陰陽師の大家、安御門家。おれも昔はいろいろと学ぶ中で、あいつの父親から妖怪学も学んだ。一応、怪異を見るくらいならできる。ただ、あいつらが使う《八怪学講義》はおれにはできない」
「?」
陰陽術のような話だろうか。サツキにはわからないが、この『万能の天才』が怪異にも通じているようだとはわかった。
「言うことは間違っちゃいないし悪いやつじゃない。でもあいつにはなるべくなら深く関わらないほうがいい。挨拶くらいにしておけ。今のおまえじゃあ、話半分に聞いておかないとあの『大陰陽師』に飲み込まれるぞ」
「そう、ですね」
「実はあれで、オカルトなばかりじゃなく理屈が大事になる分野だ。その辺も気になるならおれが多少教えてやれる」
「……」
あえて、それを教わるか。サツキは迷う。
しかし玄内は軽く流して言葉を紡ぐ。
「おっと。まだおまえらの旅に同行してやるなんて言ってなかったか。おまえだけには先に言っておく。同行してやるよ、おまえら『士衛組』に。ローズ国王と娘のリラは身体がちっとばかし弱くてな。それも気になるんだ。昔、少し診てやったこともある。状況から推察されるに、ローズは地下に幽閉されてんだろうな。いっしょに幽閉されてるヒナギクの癒やしの魔法でどれだけもつか。……いや、ある程度はもつと思うが。あいつの足が心配だな。今から一年はギリギリもたないかもしれねえ」
ローズ。
薔薇。
さっきのリョウメイとの会話がよぎる。
そんなサツキには構わず、玄内が語を継ぐ。
「とにかく、もしなにかまずいもんがあればおれが口を出してやる」
「あ、ありがとうございます」
「サツキ。普段は、ゼロって数字だけ気をつけておけ。ゼロは零って読むだろ。霊に通じる。すべてがなくなる数字であり、概念だ。こいつは霊、すなわち怪異も呼ぶ数字なのさ」
「なるほど」
「はん。そんな難しい顔すんじゃねえ。サツキ、おまえはまじめで努力家なのも美点だが、なによりプラス思考なのがいいところだ。リスク計算も忘れないしな。たまにぬけてそうだが」
「……」
「今のおまえには、あえて怪異的にいいもんを教えてやろう。いくつもある。前向きな言葉はそのまま言霊としていいし、物で言えば、花では桜や梅、生き物だとカエルやペンギン、鷹や鷲、テントウムシや金魚もいい。そして、カメだ」
渋い声で言い切る玄内。
それが冗句なのか本気かわからないが、おかしくなってつい、ぷっとサツキは笑った。
「笑う門には福来たるって言うしな」
「そうですね」
「自分で言うのもなんだが、カメは縁起がいいんだ。それだけ覚えておけばいいさ」
「はい」
「まあ、提灯ってのは怪異が寄りやすいのに、《百面灯》なんてのを作ってるおれが言うのも説得力に欠ける話だろうけどよ」
「え。確か、作者は長尾宏右だって……あれは、玄内先生だったんですか」
「おう。いろんな名前を使ってるからな、そのうちの一つだ」
ルカからもすでにいくつかの名前は聞いていた。画号やら俳号やらもあるのに、さらにいくつもの顔を持っていたのである。
「あとは、ナズナとチナミが持ってた巾着袋。《召玄袋》も魔法道具でな、おれがつくって弟子たちに引き継がせたものだ。『玄内の魔法によって物を召喚できる巾着袋、略して《召玄袋》』ってことでそんな名前にしたらしい。まあ、王都に住む子供たちはみんな持っている巾着袋だから『天都ノ宮巾着』って呼ばれ方が一般的だな」
「まさか、それも……」
「なんだ。驚いたかい?」
知らなかったのか、と言いたげに玄内はニヤリと笑った。
「はい。とても」
「おれはな、数多の名前と顔を使って生きてきた。だが、今は肝心の自分の身体がない。この通り、カメの姿に変えられちまった。おれは今、身体を取り戻すために動いてる。そのついでだ。協力してやる。ただ、クコたちにはまだ黙っておけ。やつらの本気も見たいしな」
「わかりました」
玄内はうんとうなずいた。
「じゃあ、昼過ぎにでも来てくれや」
「あの!」
去りかけた玄内を呼び止めた。
「なんだ?」
振り返る。
サツキはぐっと拳を握る。
本当に話したいことは、まだ話せていない。
おもむろに靴を脱ぐと、静かに正座した。
いつも空手の修業をするときにする正座の形であり、両手はもものつけねに置き、足の親指は重ねる。
「玄内先生。俺は、強くなりたいです。もっと、もっと、もっと……。今回、オーラフ騎士団長には、ナズナの魔法がなければまともに戦えなかった。アキさんの魔法がなかったら腕を斬り落とされたまま負けていた」
「……」
サツキの声が徐々に強くなっていく。つい、悔しさとふがいなさで拳をきつく握りしめてしまう。
「自分の力で勝てるようになりたい! はね返す力が欲しい! 守る力が欲しい! どうか、俺を鍛えてください! 師として、導いてください!」
声には涙が混じる。目の端にも涙がたまっていた。
玄内はじっと見ている。
力強い姿勢、力強い声とは反対に、サツキは、悔しさの爪痕を刻んだ手のひらを、そっと地面につける。ゆっくりと頭を下げた。
「お願いします!」
美しい所作だった。
――そうか。それがおまえという人間なのか。城那皐。
玄内は仁王立ちでサツキを見下ろし、ニッと笑った。
「おまえの想い、全部受け取った。おれがおまえをどこまでも強くしてやる。どこまでもな」
「……!」
パッとサツキは顔を上げる。サツキの目の端から一筋の涙が流れ、玄内は視線を切って語り出す。
「がむしゃらな無鉄砲さと情熱だけで土下座を使って誠意を示そうとしてきたら、蹴っ飛ばすところだったぜ。そういう表面ばっかりな熱さと浅はかさは嫌いなんだ。だが、おまえのまっすぐな瞳が秘める本気と常に他者への敬意を忘れない武道の姿勢、礼儀正しさ、おれはそれを見て、おまえのことなら、おれなんかでも導いてやれると思えた。おれはそんな精神美が好きでね。だれに対して、どんな形なら……誠意が伝わる条件は違うもんだ。中にはおまえのそれを、クールな頭脳や他者への敬意って美点に気づかないばかりか内に秘めた熱量も読み取れず、情熱やガッツが足りねえって言うやつもいるだろう。それでも、おれはおまえの気持ちになら応えてやりたいって思った。理由なんざそれで充分だろ? だったらもう、その涙に任せて這い上がるだけだ」
サツキは涙を飲み込み、姿勢を正す。
「はい。よろしくお願いします!」
再度、綺麗に一礼してみせた。
玄内は空を仰ぐ。
「もうじき、夜が明ける。おまえも宿に帰って、少しでも休んでおけ」
「はい」
「待ってるぜ、城那皐」
サツキは立ち上がり、靴を履き直し、去ってゆく玄内の背中にお辞儀をした。
――強くなろう! 玄内先生に学んで、強くなるんだ!
ぐっと、また拳を握りしめた。
長かった王都の夜が終わり、様々な人々の入り乱れた一連の三つの事件にも幕が下ろされた。
これまで通りの王都の日常がまた始まる。
そして、サツキたち『士衛組』の新しい冒険の幕開けを告げるように、黎明の空は再び王都を照らし出す。




