第百二十三話
「魔獣が撤退していっているだと?」
王国東で部隊を率いているレオの下にあまりにも拍子抜けな報告が届けられていた。
「魔獣は一度襲い始めたら命尽きるまで人を襲うはず・・・その魔獣が撤退など・・・」
「どうやら此度の魔獣の侵攻は様子がおかしいですからな」
「ふむ、他の戦線はどうなってる?」
「同じように魔獣が退いているとのこと」
「ウィリアム、今後はどうするべきか?」
「これは戦争ではありません。領土を失ったわけでもなく、失地回復は行わずにすむでしょう。されど撤退していった魔獣とはぐれ領内に魔獣が残ってしまう可能性も捨てきれません。ここは領内の警備を強めるべきかと」
「王都の父上にそう奏上しておこう。それから各戦線の司令官とも話がしたい。特に北の戦線では挟撃の事態もあったとか」
「しかしそれも冒険者の活躍によって撃破し窮地を逃れたとのこと。北にヨムスがいるとはいえ北の戦果は大きいでしょうな」
「なにせシズネがいるんだ。それくらいのことはやってもらわねばこまるというもの。しかし・・・」
「腑に落ちないことでも?」
「あぁ、西の戦線とも頻繁に情報のやり取りをしていたのだが、どうにも西の戦線は北やここに比べれば緩すぎるとのことだ。陽動を狙うにしてもあの程度では効果が薄すぎるとは思わんか?」
「確かに。ですが挟撃を狙うのであれば層の薄さは関係ないかと」
「まぁそうなんだが・・・俺の杞憂か」
その後北、西、東の戦線それぞれの指揮官が王都に集められ、戦果の報告とこれからの指針を決める会議が開かれた。そして二日後には指揮官はそれぞれの持ち場に戻り会議の結果を踏まえたうえで軍議を開いた。
「各々方の尽力によって王国の未来を繋ぐことができたと王から感謝の言葉を賜ることができたのも皆のおかげじゃ」
「それが我らの務め故」
「して本題に入ろう。我らはシズネ殿のおかげで魔獣の撤退が速いようじゃ。ここからはこれまで捨てていった防塁を奪還し戦線を立て直す。再度攻めてくるならば今度はこちらが先手を打つ番じゃ」
「各防塁は前へは堅牢ですが我が方の後ろには薄い。奪還することはたやすいでしょう」
軍議は順調に進み反攻の準備が進められることになった。
だが魔獣の撤退を訝しむ者がまた静音の近くにいた。
「魔獣の撤退?」
「そ。理由はわからないけどどこの戦線でも魔獣が離れて行ってるんだって」
「おかしいですね。魔獣は本来理性など無い存在。一度得物を見つければ死ぬまで襲うのがその性。それがどうし撤退など・・・まさか奴の狙いは威力偵察・・・?」
「奴?」
「おっと、失言。どちらにせよ魔獣が退いていくのであれば今回の侵攻はほぼ終わりとなるでしょう」
「ねぇ、エラム」
「なんでしょう?」
「エラムって兵法、軍略に詳しい?」
「まぁ、それなりには・・・どうしたんです?」
「私はぺーぺーだから軍議じゃ言いにくかったんだけどさ、魔獣の群れを軍に例えたとしたら、誰が指示を出しているのかな?理性もないってならなおさら気にならない?」
「指示は・・・魔族が妥当でしょう」
「魔獣の侵攻は人間を根絶やしにすること、それにしても駒の使い方がおかしくないかな?」
「というと?」
「魔獣は魔王の配下なんでしょ?以前襲ってきたヒュドラ。あれが戦線に出たとしたら倒すのは難しいと思うんだよね。あの時は何とかなったけど、普通のヒュドラとか大物の報告もないって聞いててさ」
「確かに、出てきたのは小物の魔獣ばかり。確かにこちらの戦力に対して数ばかりで大物を使っての蹂躙がまったくなかった・・・では今回の狙いは侵攻そのものではなく、別の意図があったと・・・そう睨んでいるわけですか」
「そそ。それで有識者の意見が聞きたくて」
「誰が有識者ですか・・・。ですが魔獣が人を襲うのは糧にするため。それを抑えてでも隠したい目的など・・・。静音。各戦線の敵の戦力バランスはどうだったかわかりますか?」
「んーっとね、北が一番上として東がまぁまぁ、西はあまりだったらしいよ」
「東西で挟撃するならば打倒とは言えませんね・・・なら東に何かを隠していると見るべきですね」
「隠す・・・そういえば東は探索が進んでいなかったんだったっけ」
「えぇ。ですので何か仕込み、罠などを仕掛けて撤退。その後探索に来た冒険者を返り討ちにして東の探索をさせないようにする、と見るべきでしょうか?」
「でもそんなに東にこだわるってことは東にも魔獣の拠点みたいのがあるのかな?」
「どうでしょう。ですが元々東からくる魔獣は出所が不明。どこに元となる歪みがあるのかさえ不明。ともなれば此度の侵攻の原因を探るべく捜索隊が組織されるでしょう。何も罠が無ければよいのですが・・・」
魔獣の撤退という朗報がありながら、エラムの目には疑いの気が宿っていた
かなり遅くなり申し訳ありません。よければ今後ともお付き合いをお願いします。