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72. 宮崎県大会 準々決勝

注意:前半、完全にR15です。苦手な方はご注意ください。



 宮崎県大会、三回戦に勝利した普久島は、一足先に準々決勝へ駒を進めた。

 夏休みに突入した事も手伝って、ここからは一日おきに試合が組まれ、ある意味消耗戦となる。


 準々決勝前日の夜。

「――ドーセツ……ドーセツ……」

 試合に備えて早めに床に就いた道雪だったが、寝苦しさを感じて目を覚ますと、亜蘭が素っ裸で道雪に跨がっていた。


「亜蘭、ないしよっ――うんにゃ、亜蘭じゃなかな?」

 いつもと違う気配に一瞬慌てた道雪だが、次の瞬間には状況を理解した。

「ごめいとーう。アーレンだよー」

 そう言って、亜蘭に身体を借りたアーレンは、ケタケタと笑った。


「亜蘭と一緒に転移してみたんだけどさ、やっぱこっちの世界じゃあたしたち、物質的な身体は保てないみたいだね。だから前回と同じく、亜蘭の中に入る事になっちゃった」

「そいは分かったが……ないでこけ来たと?」

 アーレンが鋭い目つきで、道雪を見つめ返した。

「亜蘭に頼まれたんだよ――ドーセツをどうか助けてほしい、って」


「な、ないごっじょ? 俺は別に、なんともなかが――」

「とぼけてんじゃないよ、時間のム・ダ。亜蘭が言ってたよ、最近のドーセツ、ヤキューで大活躍してるのに、ちっとも楽しそうじゃない、って。ほら、何があったのか、言ってごらんよ」

「そうか……亜蘭、そげん事を……」




 アーレンは道雪から男物のTシャツを手渡され、布団の上で胡坐をかいて、道雪の話を聞いていた。

 下がぎりぎり隠れるくらいの長さなので、アングル的にどうしても気になる部位が生じてしまう。


「きっちり鍛えて、勇者の力が戻って来て――めでたい話じゃないの。そのまま無双しまくって、いっそのこと伝説作っちゃえば?」

「そいをやると、こっちん世界に居られんくなる」

「人間て、理解を超えるモノ見ると、まず否定する処から始めるの、どっちの世界でも一緒なのね……ふむふむ。よしっ、事情は分かったっ。ドーセツ、すっぽんぽんになって横になりなさい」


 そう言うとアーレンは、せっかく着ていたTシャツをスパッと脱いで、再び全裸になってしまった。

「ななな、ないしよっか、アーレン」

「夜中に大声出さないの。四の五の言わず、脱げってば」

「せせせ、説明せいっ」

 無理やり脱がそうとするアーレンの魔手からパンツを死守しながら、道雪が叫んだ。




 アーレンの解説に依れば、勇者の能力を抑えるには、弱体化の魔法が最も効果的だろう、との事だった。

「ヤキューで忙しいから呼ばなかったんだけど、愛じゃダメだったね。聖女は能力を高める魔法しか、基本使えないから――で。このケース、調節が難しいのよ。仮にフルパワーで弱体化させると女神の加護がほとんど消えて、ドーセツ歩けなくなっちゃうまであると思う」


「そいは困るな、確かに」

「で、あたしとドーセツが一心同体に近くなる、つまり素肌を合わせる事で、その調節が出来るようになるの。分かった?」

「うーん。他に方法は、なかか?」

「――このあたしに、魔法の事で意見を挟むつもり?」

 本気の眼差しでそう迫られては、道雪も黙るしかなかった。


 かくて、すっぽんぽんで仰向けに寝転んだ道雪の上に、アーレン――つまり全裸の亜蘭の身体――がのし掛かるという、もし今ここで誰かに見つかったらまったく言い訳の出来ない、かなりアレな体勢で魔法を掛けられる羽目になった。

「せめて後ろ向きじゃあ、いかんのけ?」

「うん。両手もこうして繋ぐから」

 いわゆる恋人繋ぎ、というヤツである。


 こういう状況はアラン時代に少々の経験があるとはいえ、やはり平静で居られるのは難しかった。

 アーレンの意識に隠れているが、亜蘭は今どんな思いをしているのか考えると、胸が少し痛んだ。




「いい、ドーセツ。深呼吸して、心を落ち着けて」

 そう言うとアーレンは、道雪の耳たぶを甘噛みした。

「ひえっ、ないすっか」

「あはは、ごめんごめん。ドーセツってなんか、可愛くってさ――いいかい。自分が今、普通にヤキューやってるとこ、イメージしてみて。投げたり打ったり、走ったり飛んだりしてるとこ、イメージして。そのレベルまで能力落としていくから」

「お、おう」


「じゃ、いくよ――気分が悪くなったら、言ってね」

 それは、すうっと力が抜けていくような、不思議な感覚だった。

 思えば能力を高める魔法は散々掛けてもらったが、下げる方のそれは初めてだった。


「大丈夫? 吐き気とか目まいとか、しない?」

「問題なか。魔法上手いな、アーレン」

「あったり前でしょ。誰に言ってんのよ、誰に」

 丁寧に、注意深く魔法を掛けられている感覚が、伝わってくる。

 おそらく10分くらいの間だったが、道雪にはずいぶん長い時間のように思われた。




「はあ……はあ……これでお終い……どう、おかしなとこない?」

 アーレンの息が荒いのは、手の掛かる魔法による消耗……だろう、多分。

 パンツいっちょになった道雪は、あちこちぐるぐる動かしてみたが、想像していたような違和感はなかった。

 さすがアーレン、若き天才と称された魔法使いである。


「ありがとなアーレン。じゃっどん、こん魔法、どげんくらい保つと?」

「あたしにも分かんないのよ、こんな魔法は初めて掛けたから。最低で半日、長くてまる一日かな」

 半日を12時間と仮定すると、明日の準々決勝は、ぎりぎり保ちそうである。


 アーレンは言葉を継いだ。

「――予想はしてたけどやっぱ、女神さまの加護ってなかなか手強くってさ、隈なくコーティングするイメージで何とかデバフ利かせてる状態なんだよね……というわけで、魔法が解ける時は、コーティングが破けて、加護の光がドバッと噴き出る形で一気に解けるから、そこんとこは覚悟してね」


「……光が噴き出る? 俺ん身体ん中から、かい?」

「害はないよ、加護だもん。コーティングの弱いとこ、多分だけどお尻の穴から出てくるかな」

「光の屁が出っとかい、はは。なかなか豪勢やっど」


「笑い事っちゃないよ。もし他の誰かに見られたら、どーすんのさ」

「いっちゃが。気合いで誤魔化すっから、問題なか」

「呆れた……」

 開いた口の塞がらないアーレンだったが、次の瞬間には笑顔になった。


「あっちの世界じゃあ、アランの気合いがあたしたちを何度も救ってくれたからなあ。明日は頑張るんだよ、この真っ直ぐ馬鹿」




 道雪が野球で負けるまで毎日魔法を掛けに来てくれる事を約束し、さらに亜蘭のフォローをお願いと言い残して、アーレンは向こうの世界に転移して行った。

 案の定、身体の戻った亜蘭は可哀想なくらいに取り乱していて、そんな亜蘭を、道雪はぎゅっと抱きしめた。


「ありがとな、亜蘭、俺のために。すまんな、ありがとな……」

「ドーセツ……ドーセツ……」

「なんも言わんで良か。ありがとな、すまんな」


 ようやく上がった亜蘭の顔は、涙と鼻水でぐしょぐしょで、道雪はそれを手のひらで拭いてやり、パンツの尻に擦り付けた。

 Tシャツ一枚の亜蘭の体温が、直に伝わってくる。

 道雪を見つめていた亜蘭が瞳を閉じ、唇をスッと突き出してきたので、道雪もまた何も言わず、唇を重ねた。




 明くる日の準々決勝、4番に座った道雪は多大な注目を浴びながら、一回裏の打席に向かった。

 ここまでの二試合で打率10割のホームラン6本だから、当然といえば当然である。


 2アウトながらランナー二塁、先制のチャンス。

 えいやっと相手ピッチャーが投げたストレートが、あっという間にミットに届いた。

 ストライク。


 ――いかん、感覚が、てげ狂っとる。

 今まで勇者の能力に頼って、舐めプをしていた弊害が出ている。


 ボールを良く見て、配球を読んで、基本通りにバットを振る。

 カーブに空振りをし、不格好なファールで2球粘り、少しずつだが感覚が戻ってきた。

 そして2ボール2ストライクからの七球め、外のストレートだった。

 コンパクトなスイングでボールを捉える――手応え、あり。


 カキーン。

 これまでとは違った感覚で、打球は少し詰まりながらも、渋くセンター前へ。

 ランナーが還り先制のタイムリーヒット。

 一塁ベース上の道雪は、満面の笑みでガッツポーズをしていた。




 試合は打撃戦となり、逆転また逆転のスリリングな展開となった。

「監督、俺、投げられます。ブルペン行かせてください」

「アホが、お前最近ずっとノースローだったろ……まあ良か、肩慣らしやってみれ」

「あざっす」


 予想はしていたが、勇者の加護なしでは、力いっぱい投げても140km/hが関の山だった。

「うーん……ドーセツ、大丈夫け?」

 プルペン捕手が首をひねる。

 そうだろう、最近に比べるとストレートは全然来ていないが、ボールの質自体は悪くないどころか、キレッキレの回転をしているのだ。

「大丈夫じゃ、肩は軽か。こいが今の、俺の全力じゃ」

 道雪は心の底から楽しそうに、応えた。




 5対6と逆転された七回裏、2アウト満塁で道雪に打席が回ってくる。

 今日は実に五打席め、タイムリーの後は1四球だけで、凡打と三振に打ち捕られている。

 ――内角の、ツーシームじゃろか、それにやられとる。

 この打席では、それを狙い打つ事にした。


 2ストライクから来たのは、外に逃げるカーブだった。

 かなりタイミングを狂わされながらも、ファールで逃げる。

 相手は緩急の巧いピッチャーだが、打席を重ねてようやく付いて行けるようになった。

 ――ああ、やっぱり野球は楽しかねえ。

 道雪は気合いを入れ直してバットを構えた。


 外のボールの次は、厳しく内角。

 配球のセオリーに則って、狙っていた速球が来た。

 ――これじゃ。

 腕を畳んで、ボールを怖がらず、しっかり振り切る。


 カキーン。

 手応え充分の打球が、左中間を破っていった。

 走者一掃、再逆転のタイムリー二塁打。

「うをーーっ」

 塁上で道雪が、両腕を振りかざしながら雄叫びを上げた。




 9対7、乱打戦を制した普久島が、準決勝進出。

「ドーセツっ」

 球場の外では、心底嬉しそうに微笑んだ亜蘭が出迎えてくれた。

「おうっ」

 道雪も豪快に笑いながら、ハイタッチからの恋人繋ぎでそれに応える。


「そんで――今夜もアーレンに、()()してもらうと?」

 頬を染めた亜蘭が、恥ずかしそうに呟く。

「今夜には魔法解くっからな、してもらわんと――俺たちが向こうの世界行って、アーレンに直接、魔法掛けてもらっても良かけど」


「ああーー…………それは、もっとヤダ」

 何かに気付いた亜蘭が、少し唇を尖らせながら、上目遣いに道雪を覗き込んだ。


 ちなみに光の屁は、夕食中、ふたりきりの時に、豪快に起こった。


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